「あ!猫だ!!」
裕太が病院の中庭を歩いていると一匹の黒猫を見つけました。
裕太に近づいてきた猫をひょいと抱き上げて猫に尋ねました。
「オマエが朱夏の猫か?」
すると猫はにゃーと甲高く鳴いて裕太の腕からすり抜けた。
そして、空中でクルクル回ってぽんっと言う軽い破裂音と煙を立てた。
「うわっ?!!」
あまりに突然の事で裕太は状況が理解できなかった。
だが、そんな裕太を誰も待ってくれなかった。
煙が晴れると目の前に少女が立っていた。
「ごっめいとーう!!だーいせーいかーい!!」
やたら高いテンションで少女は言った。
どこをどう見ても裕太と同じか下かだった。
ただ気になるのが、頭からちょこんと出ている猫耳とふにゃふにゃしてるしっぽだった。
「……オマエ……何者?」
それが裕太の精一杯の言葉だった。
「朱夏に飼われてる猫。名前はいちごだよ」
「んなこと信じられるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!せっかく見つけた猫どこやったぁぁぁぁぁぁぁ!!!返せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
裕太はそんなことを信じるほど子供じゃなかった。
だが、いちごだってそう簡単に引き下がれない。
「嘘じゃないもん!!ホントに私が猫なんだもん!!」
「あー……はいはい、わかったわかった。だから猫を出せ!」
両手をぱたぱたさせながらわめくいちごを裕太はテキトーにあしらった。
「私が猫だってばぁ!!ホントに可愛くない子だなぁ!もう!!」
余計に両手をぱたぱたさせる速度を上げていちごがわめいた。
「子供に可愛くない子だとか言われたくねぇ!!!!」
それを聞きいちごはぱたぱたさせていた手を止めた。
「……私、子供じゃないよ!!!」
「どこをどう見ても子供だろうが!!」
思わず裕太が突っ込んだが、いちごは引かない。
「人間で言ったら私、16歳だもん!!」
裕太は驚いた。
はっきり言ってそれ以外に言いようがないくらい驚いた。
「……マジかよ……」
てっきり小学生だと思っていた相手が実は16歳だったなんて、言葉も出ないだろう。
「もぅ!失礼しちゃうなぁ。人のこと子供扱いしてぇ」
その姿で子供扱いするなって言う方が無理だろう。
「ところで、ゆーたくん!私に何の用?」
いちごは未だショックから立ち直れない裕太の顔を覗き込んだ。
数テンポ遅れて裕太は反応した。
「あ、あぁ。朱夏が探してこいって言うから」
反応はしているが、どうもまだ遅い。
「……朱夏が……ね」
いちごは遠くを見て呟いた。
「……朱夏が……そう望むなら……」
裕太の耳にその言葉は届かなかった。
たとえ届いたとしても意味が分からなかっただろう。
「じゃ、朱夏の病室に行くの?」
ぱっと笑顔に戻り裕太の方を見た。
裕太はやっと立ち直ってきたらしく返事は早かった。
「当然。でなきゃ、探した意味ないじゃん」
「ま。そーなんだけどね」
いちごは少し考えてから申し訳なさそうに裕太を見上げた。
「じゃ、さ!ちょっと待ってて?梨乃ちゃんと美桃ちゃんに用事があるの。すぐ終わらせるから、ね?」
いちごは手を合わせてお願いした。
「んー、良いけど?」
別にそんなに急ぐ必要もないのだし、すぐ終わらせると言っているのだから別に構わないだろうと思った。
だから裕太はあっさりと承諾した。
「ホント?やった!じゃ、ついてきて!こっち!!」
いちごはぴょこぴょこと飛び跳ねながら走っていた。
どこをどう見ても子供にしか見えなかった。
「っつーか……梨乃と美桃って……誰?」
素朴な疑問だった。「りーのちゃーん!みとーちゃーん!!」
しばらく中庭を走っていくといちごは大きく手を振りながら誰かを呼んでいた。
何となく予想はしていたが……
やはりその梨乃と美桃は猫だった。
そして、いちごに呼ばれた猫二匹はいちごと同じように軽い破裂音と煙を立てて人間みたいになった。
「いちご、どうかしたの?」
白い猫だった眼鏡をかけたお姉さんがいちごを不思議そうに見ながら言った。
「あの……ね、梨乃……ちゃん、あのね!!」
両手をぱたぱたさせながらいちごは白い猫―梨乃に何かを伝えようとしていた。
だが、走ってきたせいか息が切れてて上手くしゃべれないでいた。
「ほら、いちご!ゆっくり深呼吸。少し落ち着きな?」
そう言って茶色い猫だったポニーテールのお姉さんはいちごを落ち着けようとしていた。
「あ…うん、そ…だね、美桃ちゃん」
茶色い猫―美桃に言われたとおりにいちごはゆっくりと深く息を吸った。
「どう?落ち着いた?」
梨乃が心配そうにいちごを覗き込んだが、いちごはにっこりと笑った。
「うん、もう大丈夫。心配しないで!」
そう言うといちごは二人(二匹?)に向かって深々とお辞儀をした。
「今までありがとうございました!」
二人(二匹?)は不思議そうに顔を見合わせた。
「いちご?どういうこと?」
いちごはゆっくりと顔を上げて「へへ……」と笑った。
「……多分、今日でここにくるのは最後だと思うから……」
いちごの言葉を理解できたらしく二人(二匹?)は何か言おうとした。
「それじゃ!それだけなの!!ゆーたくん、行こ!!」
いちごは何かを言われる前に裕太の腕を取って走りだした。
「え?いちご?!」
裕太の言葉を無視していちごは病院の前まで走っていった。
病院の前でいちごは足を止めて振り返った。
「ゆーたくん、朱夏は私の猫の方の姿しか知らないから猫に戻るね?後は任せたよ?」
笑ってそう言うといちごは最初と同じ様な軽い破裂音と煙を立てて猫の姿に戻った。
「……なんなんだよ……ホントに」
猫の姿に戻ったいちごを抱き上げて裕太は病院に入った。
さっきいちごが言った『最後』という意味が分からなかった。
けれど、猫の姿に戻ったいちごは『にゃー』としか言わなかった。
何を聞いても『にゃー』としか。
何も答えてくれなかった。
不満のまま朱夏の病室にたどり着いた。
「朱夏ー、猫連れてきたぞー」
そう言って扉を開けた。
だが、いつも返ってくる声が返ってこなかった。
「……………朱夏……?」
ベッドにはいつもと同じように朱夏がいた。
一瞬寝ているのかと思った。
でも違った。
前に何度かあったことのある朱夏のお母さんが泣いていた。
それがどういうことなのか裕太にはわかった。
いちごが裕太の腕から飛び降りて朱夏の近くまで歩いていった。
そして小さく『にゃー』と泣いた。
裕太の側にいた看護婦さんが裕太に言った。
「さっき……いきなりね……ナースコールを押す暇もなかったみたいで……見つけたときにはもう遅かったのよ……」
さっきまで笑っていた少女が……もう笑わなくなっていた。
……嘘だ…………
信じたくなかった。
信じられなかった。
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
朱夏の病室だった部屋にはもう朱夏はいなかった。
裕太といちごだけだった。
「…なぁ……いちご…朱夏が死ぬこと、知ってたのか?」
人間の姿になっていたいちごは小さく頷いた。
「……朱夏も…知ってたよ…もう限界だってことに……」
泣きそうな笑顔を裕太に向けた。
「朱夏はね、ゆーたくんに自分が苦しんでいるところを見せたくなかったんだよ。だから、私を探しに行かせたんだよ?」
裕太はいちごの笑顔から顔を背けながら呟いた。
「…そんなの…勝手だよ……」
「勝手でもね…朱夏がそうしたかったんだもん…」
涙を瞳にためながら裕太を真っ直ぐに見つめた。
「朱夏がしたいようにさせてあげたかったんだもん!朱夏のお願いは全部かなえてあげたかったんだもん!!」
ついにいちごは泣き出した。
必死に涙を拭っていたが次から次へとあふれてきてキリがなかった。
「あーもぅ!!泣くなよ!俺より年上なんだろ?一応!!」
いちごにハンカチを渡して落ち着かせようとしながら裕太は呟いた。
「……俺だって……朱夏の願いかなえてやりたかったんだからな…」
――朱夏のことが大好きだったから。
THE.END
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