正直、気は進まなかった。
 当然だろう。大切な友人に「君の好きな人には恋人がいる」と伝えなくてはいけないなんて。けれど、伝えないわけにはいかない。隠し通せることではないはずだから。
 垂れ下がったしっぽを引きずりながらさくらの元へと行くと、彼女は笑顔でクロを迎えてくれた。
「おかえりクロ」
 たった一言「ただいま」と返すことさえ躊躇ってしまう。
「……ごめん、見つけられなかったよ」
 口から出た言葉は「ただいま」でも、伝えなくてはいけないことでもなかった。嘘ではないけれど、伝えたいことではなかった。
 それでもさくらは「そっかぁ」と笑った。
「でも探してくれてたんでしょ? ありがとう」
 さくらがあまりにも何でもないことのように笑うから。言うべきか言わない方が良いのか考えてしまった。言わない方が良いはず、ないけれど。
 クロのそんな悩みを和らげるように、さくらはそんなつもりなかったのかもしれないけれど。触れることのないその手で、そっと撫でてくれていた。
「さくら……」
 これで言わずに逃げるなんて、卑怯じゃないだろうか。
 黙っていることと騙すことは違うけれど、どちらもさくらを欺くことには変わりがない。クロは、そう思った。
 少し目を閉じ、それからゆっくりと話した。
 さくらが好きになった人間のことを。
「恋人が、いるんだって」
 その言葉にさくらが何を思ったのか。はっきりとしたことはわからない。
 けれど、さくらは静かに涙を流した。
 クロでは拭うことが出来ない涙を。

Fin.