「お姉ちゃん、この洋館は?」

THE DOLL HOME
―ニンギョウノヤカタ―
〜終章〜

 二人の少女が不思議そうに古びた洋館を見上げていた。
「さぁ?ずいぶん前からあるらしいけど……」
 最近、この辺りに越してきた姉妹だった。
 学校の噂で、ちらりとこの洋館の話を聞いたような気もしたが、よく覚えていなかった。
「どうかしましたか?」
 二人は、ふと声のした方を振り向いた。
 そこには、透けるような水色の地面まで届くほどの長い髪を持った二十代くらいの女性が立っていた。
「あ……いえ、ちょっとこの洋館を見ていただけです」
 姉が笑顔で答えると、妹も慌てて笑みを浮かべた。
「貴方達、この屋敷のこと知らないの?」
 女の質問に姉妹は同時に頷いた。
 それを見た女はにこりと小さく微笑んだ。
「ここはね、人形の館と言うの」
「人形の館?」
 妹が好奇心の溢れた瞳で女を見つめた。
「そう。その昔、この館には一人の吸血鬼が住んでいたの」
「人形の館なのに吸血鬼?」
 姉が不思議そうに首を傾げた。
 女は笑みを浮かべたまま頷いた。
「その吸血鬼は愚かで、人間を好きになってしまったの。いけないことだとわかっていたのに好きになり、そのせいで死なせてしまったの」
 妹は年頃の女の子なだけ有り興味を示していたが、姉はいまいち興味を示していなかった。
「その吸血鬼は、また一人になってしまったの。そして、孤独に耐えられなくて『人間』を作ろうとしたの。でも、人間を作ることなんて出来なくて、人間になれなかった人形―アンドロイドばかりが館に転がっていたの」
 言い終わると女はもう一度微笑んで「これが人形の館と呼ばれる理由よ」と言った。
 妹は真剣な瞳で女を見つめていた。
「それで?その吸血鬼はどうなったの?」
「それから百五十年ほど経ったある日のことでした」
 女は姉をちらりと見た。
 姉は相変わらず興味なさそうにしていた。
「吸血鬼は好きだった人によく似た人に出会い、惹かれていきましたが、また同じことを繰り返してしまうと思った吸血鬼はその人を突き放しました。けれど、その人は突き放しても歩み寄ってきてくれました」
 それを聞くと妹は目をキラキラさせて感動していた。
「それで?それでどうなったの?」
「歩み寄ってきてくれたその人は、吸血鬼に言いました」
「なんて?なんて言ったの?」
「……『いつか絶対に人間にしてやる』って」
「それで?それで?人間になれたの?」
「さぁ?そこまでは私も知らないの。ごめんなさいね」
 妹は「そっか」と言い、しゅんと肩を落としていた。
 それを見た姉はぽんと軽く妹の肩を叩いていた。
「ありがとうございました。では、私達はこれで……」
 姉が頭を下げると妹が慌てて顔を上げた。
「あの!私、深雪紫蘭って言います!その話の続きがわかったら教えてくれませんか?」
 女は微笑んだまま小さく頷いた。
「紫蘭ちゃん……ね。良い名前ね」
「あと!こっちはお姉ちゃんで、深雪真美って言います!」
 紫蘭は真美に引っ張られながら言った。
 女は二人が見えなくなるまで手を振っていた。
「……吸血鬼はね、人間になれたのよ」
 どうして人間になれたかって?それは……
「それは話すと長くなる物語。悲しいことも辛いこともたくさんあったけれど、それでも最後は……」
 女が小さく呟いていると遠くから誰かの名前を呼ぶ声。
「紫蘭!」
 それは、もっとも愛しい人が名前を呼んでくれる声。
「はい!」
 女―紫蘭は声のした方に駆けだした。

 朝が来ないと、朝を迎える資格がないと思っていた少女にも朝が来ました。
 実際に迎えてみると、朝も良いことばかりではなかったけれど、それでも夜の闇から逃れることが出来てよかったと思いました。
 大切の人と太陽の光の下を歩けてよかったと思いました。

――それでも最後はハッピーエンドなのよ――

 

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