終章――夢と日常の境界

 目を開けると、見慣れた天井が視界に入った。
 低い天井。
 薄暗い部屋。
 間違いなく、自分の部屋だった。
 勇は上半身を起こすと、ケータイを見た。
 日付は、亜緒が転校してきた次の日だった。
「……夢?」
 そう呟いてみたが、夢だったとはどうしても思えなかった。
 夢だとは思えないくらいに、細かい事まで思い出せた。
 目に焼き付いて離れないように、印象的だった。
 忘れようにも忘れられなかった。
 時間にすればわずか数日間。
 色んな事が起きた。たくさんの光景を見てきた。現実ではあり得ないたくさんのこと。
 はっきりと思い出せる。
 ほんのわずかな間だったが、亜緒がいた、あの景色を。
「……空が、青い……」
 カーテンを開けると、青空が続いていた。
 あの国とは違う、けれど青い空が。
 勇はしばらくの間、その空を眺めていたが、やがて立ち上がると、学校へ行く準備を始めた。
 確かめたい事があった。
 そのために、朝食も取らずに家を飛び出した。
 学校までの道を走っていると、あの時空の狭間に飛ばされる前に歩いていた道にたどり着いた。
 思わず速度を緩めそうになったが、またすぐに走り出した。
 思い出すよりも、まず確かめるのが先だと思った。
 亜緒が、確かにこの学校にいたのかどうかを。
 だが、学校に着くとまだ早すぎるのか門が閉まっていた。
 当然だろう。
 けれど、今の勇にはそんなこと関係なかった。
 気にせずに門によじ登り、門の内側に入ると、真っ直ぐに校舎へと走っていった。
 ひょっとして入れないんじゃないかとも思ったが、玄関の鍵は開いていて、中に入ることが出来た。
 朝早い学校は、静かなものだった。
 その静寂を壊すように、勇の足音が響いた。
 足音は、迷うことなく真っ直ぐに教室へと向かっていた。
 勢いよく教室の戸を開けると、勇は自分の席の隣を確認した。
 そこに机があったが、それは亜緒が来る前からずっとそこにあった。
 亜緒がいたという証拠にはならない。
 机の中を見てみたが、何かあるわけでもない。
「……やっぱ、無駄、だよな……」
 ここまで探しに来た勇も、わかってはいた。
 ただ、それを認めたくなかった。
 亜緒と会ったことが、夢でなく現実だったとしても、もう会えるはずがない。
 住む世界が違う。
 本来なら、出会うはずがなかった二人だ。
 出会えたことさえが、奇跡だった。
 自分の生まれた世界と異なる世界に居続けることは、世界の摂理に反する。
 もしも、また、会えたとしても、すぐに別れがある。
 勇は大きく息を吐くと、そのまま自分の机に突っ伏した。
 いつもの日常に戻るだけだ。
 いや、少しは変わるかもしれない。
 彼女と出会ったことで、もう十分に変わったのかもしれない。
 もう二度と会う事の出来ない亜緒の言葉を一つ一つ思い出していく。
 亜緒の声が、聞こえてくるようだった。
「佐伯くん、また寝てるの?」
 幻聴のような声。
 小さく笑う声。
 やけにリアルな幻聴……
「! 大空?!」
 顔を上げると、すぐそこに亜緒がいた。
 もう会えるはずのない亜緒がいた。
「なん、で……住む世界が違うって……」
 世界の摂理に従うと、自分たちの生まれ育った世界にいるのではなかったのだろうか。
 呆然と口を開け、亜緒を見ていると、亜緒は勇からわざと視線を外した。
 そして、顔を背けたまま、わざとらしく話し出した。
「だってね、私、損したんだもの」
「は?」
 唐突なその言葉は、何のことをさしているのかさっぱりわからなかった。
 だが、勇のそんな様子にお構いなしで、亜緒は言葉を続けていく。
「佐伯くん言ったじゃない? もしも損したら、言う事一つ聞いてくれるって」
 そこまで言うと、亜緒は笑顔で振り返った。
 別れるときの無理をしている笑顔ではなかった。
「佐伯くんの名前、覚えてて損したの。覚えたせいで、忘れられなくて、会いたくて、やることが手に付かないの」
 にっこりと微笑むと、亜緒は言った。
 もしも、また、会えたとしても、すぐに別れがある。
 それでも、別れなきゃいけないとわかっていても、もう一度会いたかった。

「責任、取ってくれるよね?」

FIN.


400字詰め原稿用紙換算枚数205枚。

あとがき
 ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
 この話は、そうだなぁ。元になる物を考えたのは中学の時だったと思います。古いなぁ(笑)いやぁ、だって、すごいよ。中学の時の絵柄で亜緒と勇とガディーがノートに残ってるんだもん。わぁーこの世から抹消したい(笑)
 そんなわけで、思い入れは深いですね。
 細かいところはちょこちょこと変わった、のかな? でも、大筋では何一つ変わってません。最初の約束も、終わり方も。亜緒を泣かせてばっかりなことも、勇が「大空ー」って叫んでばっかりなのも。ホント、よく名前を叫ぶ子でしたね。
 考えたのが昔過ぎて、どうしてこの話が思いついたのか、全く記憶に残ってませんね。青空が書きたかったのかなぁ……そういえば、中学の頃は空見上げるの好きだったからなぁ。そのせいかもしれない。今でも空を見上げるのは好きですが、昔ほど空見てないなぁー……
 ついでに。誤解されることがありそうなので一応。誤解されても良いんですけど(何)「勇」は「いさむ」です。「ゆう」じゃないんです。

 ちょっと個人的なことなのですが。
 これ、ホント、長編にあるまじき短時間で書き上げたので、結構、あらが……ごめんなさい。
 正直に言って、半月かかってないくらいです。長期休暇中ならまだしも。普通に学校行きながら半月かかってない……実質書いてた時間は●日間レベルですよ。
 いや、あの、ほんっとに個人的な理由で……これを書く寸前に色々ありまして……その色々のせいで(おかげで?)小説投稿しよう! って思ったんですが……〆切までの時間が全然なかったんです(苦笑)
 出してから、こんなんで一次選考通過とかしたら逆に申し訳ないよなぁーと思ったら、案の定落ちてくれました(笑)あー、よかった。

 そんなどうでもよさそうな裏事情ゆえに、すっごい加筆とか修正とかしたいんですが。
 加筆修正が苦手な側の人間らしいです。自覚はなんとなくありましたが。
 つまり、書いて、気にくわなかったら、全部消して、ゼロから書き直せと言う……長編全部書き直しって無茶だよ(笑)

 権力が大嫌いで、誰も傷つけたくないから、自分が傷つきたくないから、人と距離を置くようになった2人の話。少しは楽しんでいただけたのなら幸いです。
 つまらなかったーと言う場合は……えっと、精進いたします。

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