ほんの少しのことでも、小さなことでも、そう感じるならそれは幸せ。

 それが幸せ。

ARE YOU HAPPY?

 灰色の空を見上げながら、ぼんやりと過ごしていた。
「奈緒! 奈緒ってば!」
 無理矢理現実に引き戻され、なんとなく腹が立った。
 だから、あまり意味はないけれど、睨み付けた。
「何の用?」
 すると、昴は不思議そうな表情を浮かべた。
「待ち合わせしてたのに、何の用って言われてもなぁ……」
 言われてから、やっと思い出した。そういえば、そうだったような気もした。
「……忘れてた」
 口に出すつもりはなかったけれど、いつの間にか口をついて出ていたらしいその言葉は、昴を落ち込ませるのには十分すぎた。
「こっちは、すっごい楽しみにしてたのに奈緒にとってはどうでもいいことだったのかよー……」
 ほんの少し、悪いことをしたような気になって、どうしようかと思う前に体が勝手に動いていた。
「ん。ごめん」
 昴の頭を撫でながら謝ると、昴は恨めしそうに睨んできた。
「……謝るってことは、やっぱりそうなんだな……」
 そういう意味にもとれるのかと思ったけれど、今はそんなことを考えてる場合じゃないらしい。なにも言わないでいると昴はそれを肯定と受け取ってまた落ち込むだろう。
 私は、軽くため息をはくと昴の頭を軽くたたいた。
「どうでもよかったら、断るって言ってるでしょう?」
 それを聞くと昴は顔を上げてじっとこっちを見てきた。
「……本当?」
「嘘ついてどうするのよ?」
 こんなくだらない嘘を私がつくはずないのに、昴は信じない。
「……疑うくらいなら、別れる?」
 信じてもらえないくらいなら、別れた方がマシだと思っている。
 けれど、昴は慌てたように口を開いた。
「信じてる!! だから、ぜってー別れない!!」
 まるで子供みたいに必死になるから、それが可笑しくてつい笑ってしまった。
 すると、昴は真っ赤になって騒ぎ出す。
「何だよ! なにが可笑しいんだよ!!」
「……いや、なんでもない。ほら、行くんでしょ?」
 笑いをかみ殺しながら、不服そうにしている昴の手を取って歩き出した。
「今日はどうしたいの? 映画? 買い物? 食事?」
 手を引っ張られていた昴が慌てて、私の手を引っ張った。
「ちょ、ちょっと待った!」
 いつもと違う昴の行動が少し不思議で首を傾げた。
 昴の顔をまっすぐに見て訪ねてみた。
「どうかしたの?」
 顔を真っ赤にした昴は何か言おうとしていたけれど、言葉が出てこないのかごにょごにょと口ごもっていた。
 このまま放っておいても話は聞けそうにもないと感じ、私は昴の手を引っ張って手近な喫茶店に入った。
「少しお茶しよう。私、のど渇いたの」
 昴を引っ張って、一番奥の席に着いて、紅茶を二つ頼んだ。
 時間帯のせいかお客は少なく、落ちてついて話ができるだろう。
 紅茶を飲んで少し落ち着いたのか、昴の顔の赤みはいくらか引いていた。
「……っと……。奈緒は、なに欲しい?」
 あまりにも唐突すぎる質問。
 というか、わけがわからなかった。
「………………なんで?」
「え、えっと……もうすぐ、クリスマスだか……ら?」
 そういえば、そんな行事もあったなと思いつつ、もうそんな時期なのかと感じた。
「別に何もいらない」
 欲しいものがないから正直にそう言うと昴は肩を落としていた。
 別に無理してプレゼント用意しなくて良いのに……
「昴こそ、なにが欲しいの?」
 昴がクリスマスプレゼントを用意するつもりなら、こっちも用意するのが常識だろう。
 けれど、昴はそんな質問が返ってくるとは思っていなかったらしく驚いていた。
「え? ……俺?」
 しばらく真剣に考えていたが、やがて昴は照れたように笑いながらこう答えた。
「奈緒がいれば何もいらないや」
「…………っ」
 恥ずかしいことを多少照れてはいるものの、あっさりといった昴に対し、私はどう答えて良いのかわからないくらい混乱していた。
 真っ赤になって顔を逸らして、それから小さな声で恥ずかしいのを精一杯こらえながら呟いた。
「…………私も、昴がいればそれでいいから……」
 端から見ればとてもおかしな光景。
 向かい合って座っているのに、どちらも相手を見ようとしない。
 どちらも真っ赤になってうつむいている。
 けど、こんなおかしなことでも幸せだと思っている自分がいる。
 信じてくれる人がいて、その人を信じられる自分がいる事実が。
 自分を想ってくれている人がいて、その人のことを自分も想っているこの現実が。
 とても幸せだと感じられる自分がいる。

――貴方は幸せですか?――

 

書いた日付が2003年……言い訳も出来ません