「ねえ、おねがい」
風に消されてしまいそうな声でささやく彼女は、
「私を、見つけて」
今にもここから消えてしまいそうだった。
Please Look For ...
「……え?」
振り向こうとすると、彼女は慌てて僕の後頭部を叩いた。痛くはないけど、わざわざ叩かなくてもいいんじゃないだろうか。
「絶対こっち見ないでって言ったでしょ?」
「……うん、ごめん」
忘れていたわけじゃないけど、つい振り向きそうになった。まあ、何を言ったって言い訳にしかならないし、約束をやぶりそうになったこっちが悪いんだから、謝るべきだろ。
すると彼女は「うんうん」と言いながら、そっと僕の背中に触れた。
布越しに、彼女のぬくもりが伝わる。
「もしも、の話よ。もしも、私がいなくなったら」
それで『見つけて』か。ようやく合点がいき、少し安心した。
いきなり消えそうな声で、今にも消えそうなことを言うから、正直何事かと思った。けど、『もしも』の話なら、彼女の口癖のようなものだから安心して聞ける。
いつもいつも突拍子もない『もしも』な話を真面目な顔でする。ありがちな『もしも明日世界が終わるなら』に始まり、『もしも私がアンドロイドなら』とか。色々ありすぎて、並べだしたらきりがない。それくらい、日常的な話だった。
だから、軽い気持ちで答えた。
「そんなの頼まれなくたって、探しに行くよ」
言ってから少しだけ恥ずかしくなって、誤魔化すように付け足した。
「っつか、知り合いがいきなりいなくなったら誰だって心配するだろ? それとも、そんな心配もしないような人間だと思われてるのか?」
心配だから探すってのも、ちょっと違う気はする。が、そんな反論は聞かない。
「……そっかあ」
笑いをこらえるような、嬉しそうな、そんな声が聞こえた。
とりあえず、ツッコミはないようでよかった。
肩のあたりに、少しだけ重みを感じた。振り向けないから確認はできないけど、たぶん額を押しつけてる。彼女はそのままゆっくりと話を続けた。
「じゃあ、見つけてくれるのを、ちゃんと待ってるからね」
どうして、そんなに消えそうな声を出すのか。
そんな言葉が口から出そうになって、消えた。
「……君に会えて、君で、よかった……」
振り向かなきゃ。
振り向かなきゃいけない。
なのに、身体が動かない。
いつの間にか、背中に感じていたぬくもりが消えていた。
「……信じてるから」
声の気配が遠い。
消えそうな、泣きそうな、そんな声が聞こえる。
ただの『もしも』の話だろ? いつものたとえ話だろ? 自分で『もしもの話』だって言ったじゃないか。
「もう一度、君に会わせてね」
彼女の言葉をかき消すように、一陣の風が吹いた。
「っ!」
その風が合図だったかのように、身体の自由が戻ってきた。
けれど、それだけ。
振り向いた先に、彼女はいなかった。
「……あれ?」
胸に穴が空いたような感覚。何かを失ったような、そんな痛みがある。なのに、理由がわからない。
今、彼女と話をしていたはずなのに、何を話していたのか、わからない。そもそも、彼女って誰だ?
自分は、何を失った?
自分の中から、なにが『いなくなった』?
そんな困惑さえも、もう一度強い風が吹き付けたときには消えていた。
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