ろまんすのかみさま?
今、何故だか自分の領地が占領されている。
何故も何も、いつものことと言ってしまえばそれまでなんだが。
人のベッドの上に転がりながら、決して行儀がいいとは言えない姿勢で、雑誌をめくる幼なじみ。そいつが今の占拠者だ。
せめて座れと言ってはみたが、まるで聞く耳を持たない。むしろ全神経が雑誌に向いてるようだ。意図的じゃなくて、素で無視かよ。思わず、自分は本当にこの部屋の主なのか疑いたくなってくる。まぁ、確かに今はこの幼なじみによって占拠されてるんだけど。
そもそも、こいつは何のためにこの部屋に来るのか。この部屋にある雑誌を読みにと言うのなら、まだ納得出来なくもない。けれど、その雑誌は間違いなく、さっきこの幼なじみが自分で買ってきたものだ。わざわざ人の部屋で読まなくたって良いだろ。それとも何か。このベッドが相当お気に召したか? 自分で言うのも情けないが、安物パイプベッド安物布団のどこが気に入ったんだ?
「わー最悪ー!」
黙々と雑誌を読んでいた幼なじみが唐突に悲鳴を上げた。悲鳴と呼ぶには色気がなかったが。
どうしたのかと問えば、今日の運勢が最悪なのだと答えた。いい歳して雑誌の占いコーナーを信じてるのかと馬鹿にすると、この星占いはよく当たると有名だとわめかれた。んなこと知るか。
面倒なのでてきとうに流そうとしたが、幼なじみは余計な気を回してくれた。普段は全く気の利かないやつなのに、いつもいらんとこばかり。
「そんなに疑うならアンタの星座も占ってあげる! ちょっと待ってなさいよー」
意気揚々とページをめくる幼なじみを横目に、わざと深いため息をついてみせたが、残念なことにこの幼なじみ様は雑誌に夢中でこっちの様子に気付く気配もない。もはや流石としか言う気になれない。
渋々占い結果を待っていると、先程とは対照的な声が上がった。
「ロマンスの神様だー! えー、コレって本物?」
ミーハーな女子高生がきゃーきゃー叫ぶような声だったが、内容も女子高生同様意味不明だった。最近の女子高生の言葉は異国語だと思うのは、年を取った証拠だろうか。
「何の神様だって?」
興味はないが、聞かないと延々と女子高生語を発せられそうだったので、渋々問いかけてみた。ついでに雑誌も覗き込んでみたが、神様の文字なんて見あたらなかった。
「ロマンスの神様、知らない? ひろせこーみの昔の曲なんだけど」
「……また古い曲だな」
十年以上前に、スキーショップのCMソングとして使われた曲だ。聞いた覚えはあるが、どんな曲だったかはっきりとは覚えていない。
「っつーか、占いと関係ないだろ。それ」
そんな昔のヒット曲と星占いが一体何の関係があると言うのか。呆れ半分に返すと、雑誌を突きつけられた。そこにはやはりあの歌手の名前を曲名もスキーショップの名前もなかった。あるのはただの星占いコーナーだけ。
「こーゆー歌詞があったの! 『よく当たる星占いにそういえば書いてあった。今日会う人と結ばれる。今週も来週も再来週もずっと』って!」
そこまで言われて、ようやく理解が出来た。
雑誌のそのページに載っている星座と、今日の日付。そしてそこに書かれている一文。
『今日、運命の人に出会うでしょう』
一言感想を述べるなら『馬鹿らしい』だろう。この星座の人間が一体どれだけいるか知らないが、そいつら全員『運命の人』とやらに会うはずがない。赤ん坊から既婚者、ご老体、エトセトラ。会うはずないだろ。
「生まれたばっかだろうと、死にかけてようと、運命の人に会う可能性はゼロじゃないんだから!」
何を言っても、この幼なじみは雑誌の占いを信じるらしい。口で言うよりも実際にやって見せた方が早い相手なのはわかっていたが、ここまでとは思わなかった。
「今からちょっと出かけてくる。そしたら、その占いが当たりか外れかはっきりするだろ」
「ダメ!」
運命の人に会えば、占いの勝ち。何事もなく帰ってくれば、占いの負け。これでもかと言うほどわかりやすい方法だろう。それなのに「ダメ」とはどう言った了見か。相変わらずわけのわからない幼なじみだ。
「何がダメなんだよ。言ってみろ」
「運命の人にうっかり会ったりされたら、アタシが困るでしょ! 告白前に玉砕とか絶対に嫌!」
後に幼なじみが「だから運勢最悪なんだ今日ー! こんな勢いだけで言っちゃうなんてー!」と叫んでいたこともあわせると、本当によく当たる星占いらしい。まぁ、運命の人と言うには少しどうかと思う相手だが。
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