ちいさな魔女と、 ちいさな魔女は、自分が嫌いでした。
魔女だということが知られたら、世界からひとりぼっちになると思っていました。
だから誰にも気付かれないように、ホントのことを隠して、普通の人のふりをしました。
そんな嘘つきな自分が嫌いでした。
自分の身が可愛くて、嫌われないように、笑いました。
でも、人に近づきすぎると、うっかり魔女だとバレてしまうかもしれない。
だから、嫌われないように、愛されないように。
一人にならないように、その他大勢になれるように。
そして魔女は、願ったとおりの距離感を手に入れました。
けれど、満足は出来ませんでした。
胸にぽっかりと穴が開いたみたいに。
周囲に人がいるのに、まるで世界に一人きりになったみたいに。
たまに、とても寂しくなるのです。
そんなとき、魔女は一人の女の子に会いました。
最初はその他大勢の一人だった少女でした。
でも、何故か妙に気になる少女でした。
魔女は、気がつくと彼女の隣にいました。
少女とたくさんくだらない話をしました。
数え切れないほどの言葉をかわしました。
「わたしホントはね、みんながこわいの」
魔女だとバレたらどうなるのか。そう考えるとこわくてたまらない。
そう呟いた魔女の言葉に、少女は怒りました。
「わたしはあなたの友達みんなは知らないけど、わたしの知ってる子はみんな、あなたを裏切らないわ」
魔女はおどろいて、とてもおどろいて、それからすごく嬉しくて。
涙をこぼしました。
本当は、この言葉を呟いたことも後悔していたのです。
こわがりで臆病な魔女だと知ったら、少女も離れていくかもしれない。
そんな魔女の心配は、きれいに消えてしまいました。
それから魔女は少しだけ、誰かの大事な存在になってもいいかなと思いました。
まだこわいけど、でも、この少女がいてくれるならがんばれると思いました。
強がる嘘も、誰にも頼らないように張り続けた意地も、少しずつやめようと思いました。
「わたし、がんばるよ」
だからね、だけどね、あなたが隣にいてくれると、きっと頼ってしまう。それは、よくないね。
あなたがいるからがんばれるけど、頼り切っちゃ駄目だね。
「少しだけ、お別れ。またね」
ちいさな魔女は笑って、少女の隣を去りました。
遠く離れても、魔女と少女はたくさんの手紙を交わしました。
元気ですか。
ここの生活にも少しなれてきたよ。
今日はね、ひととご飯食べてきたんだよ。
他愛もない言葉。だけど、ここでがんばってるよという言葉をたくさん並べました。
少女以外のたくさんの「ともだち」にも手紙を出しました。
たくさんたくさんがんばろうと思いました。
そのせいかもしれません。
少女の言葉が少しずつ元気をなくしていくことに気付いてはいました。
それでも、手紙ではげませば、きっと元気になってくれると思いました。
もう少しここの生活になれたら、会いに行こうと思いました。
「今までおせわになった人にお礼がしたいな」
少女の言葉に、魔女はたくさん考えました。
こんなのどうかな。これとかいいと思う。
魔女の言葉に、少女は「ありがとう」と答えました。
それが、最後でした。
少女が死んでしまったことを、魔女は人づてに聞きました。
いそいで、少女のいた場所に帰りました。
すっかり冷たくなってしまった少女は、かたく目を閉じていました。
その姿を見て、魔女は声を上げて泣きました。
「いやだいやだ! こんなのうそだ!」
ともだちが魔女の心配をしてくれます。けれど魔女の涙は止まりません。
魔女は苦しんでいた少女のそばにいてあげることができませんでした。
自分のことばかりじゃなくて、もっと少女のことを考えていれば、できたはずなのに。
そう考えれば考えるほど、魔女は苦しくなりました。
でも、少女の苦しみはきっともっと大きかったのだと思うと、魔女はまた大きな涙をこぼしました。
魔女はちいさな頭でいっしょうけんめい考えました。
どこで間違えたのだろう。
どうして気付かなかったんだろう。
どうすれば、少女を助けることができたんだろう。
自分がそばにいれば、何か変わったかもしれない。
何も変わらなかったかもしれない。
それでも、自分は、少女のそばにいるべきだった。
自分のことにばかり気を取られなければ、少女のそばにいられたのに。
少女のおかげで、がんばろうと思えたのに。そのせいで、少女を失ってしまったのです。
そして魔女は、昔の魔女に戻ろうと思いました。
臆病で、自分を守るために嘘と意地を張り続ける魔女に。
けれど一度外を知ってしまった魔女には、昔ほどの意地を張り続ける力はありませんでした。
なんでもない顔をして、自分の内にたくさんの気持ちを閉じこめることが、もう出来ませんでした。
つらい気持ちをうちあけていた少女は、もういません。
けれど、他のともだちにはうちあけられません。
ともだちも、少女がいなくなって悲しんでいるのですから。
少女がいなくて、とてもさみしくて、とてもかなしくて、押しつぶされそうな魔女に。
手を差し伸べてくれる人がいました。
彼は自分をせめる魔女に、きみはわるくないと言ってくれました。
消えてしまいそうだった魔女は、その手をとってしまいました。
魔女は自分でもわかっていました。
今、この手をとってしまったら、きっと彼を少女のかわりにしてしまうと。
それなのに魔女は、つらさから逃れるために、彼の手をとってしまったのです。
彼が笑うと、魔女も笑います。とても嬉しくなるのです。
それ以上に、苦しくなります。とてもつらくなるのです。
少女の死から逃げて、それどころか少女の代わりに頼る相手を見つけてしまったのです。
こんなことしちゃいけないと思い、魔女は彼に頼らないようにしました。
ひとりでも平気なふりをしました。
胸にたくさん押し込めました。言えない言葉。寂しい気持ち。たくさん押し込みました。
ときおり、耐えきれなくなって泣く魔女に、彼は本当に困った顔を向けました。
突然泣き出した魔女は、彼に聞かれても涙の理由を上手く話せませんでした。
いろんなものをため込んで出た涙は、いろんな理由がまざりあっていて、言葉にするのが難しかったのです。
それでも彼は魔女をなぐさめてくれました。
理由の話せない魔女をせめませんでした。
魔女はこんな理由のわからない心配をかけてしまうのなら、少しだけ頼っても良いのかなと思いました。
彼と少女は違う。
少女はもういない。
少女の代わりはいらない。
そう思いながら、魔女は彼の隣で少しずつ心を癒していきました。
そんな中、魔女は誰の代わりでもなく、彼自身に心を寄せていきました。
ためらいながらでも、自分から彼に手を伸ばせるようになりました。
彼にも理由があったのでしょう。
魔女の手をふりほどきました。
理由があるのだろうと、魔女だって想像はできました。
けれど、魔女は急にこわくなりました。
今までずっとおびえていたことが、現実におきてしまったのです。
こわくて伸ばせなかった手を、今までは「だいじょうぶだよ」と言って、みんな優しくつかんでくれました。
それが、はじめて、つかまれなかったのです。
自分が悪かったのかもしれない。自分のせいではないかもしれない。
次は手を取ってくれるかもしれない。でも、だめかもしれない。
考えれば考えるほど、魔女の考えは悪い方向へと傾いてしまいます。
そうして魔女は、こわくてこわくて、手を伸ばせなくなりました。
寂しいときに、寂しいと言えなくなりました。
手を伸ばしてもらったときだけ、その手を取るようになりました。
そんな弱い自分がとてもとてもいやで、それ以上にとてもとても寂しくて。
魔女はそれらを全部、また胸の中に隠してしまいました。
昔ほどたくさんの気持ちを、もう隠せないとわかっていて、それでも全部飲み込もうとしました。
飲み込みきれなかった魔女は、つらくてつらくて、全部吐き出してしまいました。
「さみしいの」
「言わないでもわかって」
「しんでしまいたい」
「ひとりはいやなの」
「わたしは、こんなにわがままなの」
「もう見捨てて」
吐き出してしまった魔女は、もう彼の顔を見ることができませんでした。
「そんなの、言ってくれなきゃわからないよ」
彼が去ってしまうと、魔女はその場にへたり込んでしまいました。
終わってしまったのです。
それでも、これでよかったのだと思いました。
だから、ちいさな魔女は願います。
自分の力では、どうにもできないことを願います。
魔女にできることは、願いを叶えることです。
人を不幸にする願いを叶えます。
だから、願いました。
どうかどうか、彼が幸せになりますように。
これは、不器用で、よわくて、幸せになりたかった、
ちいさな魔女のおはなし。
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