04.game-clear そこは、どこまでも黒いだけの空間だった。
「おめでとうございます」
抑揚のないソプラノが聞こえる。
「貴方は、他の受験生全てを蹴落とし、無事に生き残れました。つまり、合格です」
あの白い少女―No-ALが淡々と言葉を紡いでいく。
No-ALの手の中に水晶玉のような物が収まっていた。
「これを受け取れば“Game-Clear”春から朱星の学生になれます」
しばらくの間、その水晶のような物を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あたしは、誰も蹴落としてないよ?」
そう、悠莉は誰一人として殺していない。それなのに、最期まで生き残ってしまった。
「確かに、貴方は誰も殺していません。けれど、最期まで生き残れるだけの強運の持ち主です。学園側は、貴方には運さえも味方に付けるだけの力があると見なして、貴方の合格を認めます」
―運?
「……違う。運なんかじゃない……」
悠莉が生き残れたのは、運が強かったからじゃない。
「あたしが合格したのは、煉がいたから……煉があたしを助けてくれたから!」
最期まで、信じてると笑っていた。
笑いながら引き金を引いて、自らの命を絶った。
「あのような人物を味方につけれるのも一種の運です」
そして、No-ALはもう一度悠莉に水晶のようなそれを突きつけた。
「何にしても、貴方は合格したんです。これを受け取れば全て終わるんです」
それを受け取れば、現実に帰れる。この朱星を合格するためだけに今まで頑張って来たのだから、早く受け取れば良いのだ。
それでも、悠莉の手はどうしてもそれを受け取ろうとしなかった。
「……あたしが、甘いのかもしれないけど……」
そうは思うけれど、甘いと言われても、この考えを譲りたくない。
「周りを蹴落としてまで、何かを得たいと思えない」
「……では、貴方は自分のかわりに他の受験生を殺した彼の想いを、無下にするんですか?」
自信を持って良いのか、わからない。けれど、信じてるから。
煉を信じると言ったから。
「煉は、周りを蹴落としてまで何かを得ようとする人じゃない! 何か理由があったんだ!」
一人だけ、何かを理解しているようだった。
この2次試験が何なのかわかっているように見えた。
「それでは、貴方は合格しなくて良いと言うのですね?」
母親の願いを叶えることが出来なくて申し訳ないと思う心もあるけど、それでも悠莉は構わないと思った。
はっきりと、一度だけ頷いた。
その途端、No-ALの手の中になった物は音を立てて砕け散った。
「……合格を破棄した貴方は、どうなると思いますか?」
「2次試験の内容を外部に漏らす可能性があるから、消すんじゃないの?」
別に、恐怖はなかった。
本来なら、もっと先に死んでいたはずなのだから。
「彼が、そうなるとわかっていて自ら死を選んでまで貴方を最期の一人に仕立て上げると思いますか?」
No-ALが言っていることが一瞬わからなかった。
むしろ、No-ALが初めて見せた表情に気を取られて、言葉が耳に届かなかった。
白い少女は、微笑んでいた。
「この試験が何を調べようとしているか、全てを理解していた彼が、貴方が死ぬような道を選ぶはずないんですよ」
「……え?」
悠莉には、話が読めなかった。
「私は、この試験中にいくつか嘘を吐きましたが、彼はその嘘を全て見抜いていました」
表情だけで、これほど雰囲気が変わるだろうか?
悠莉の瞳に映るNo-ALはまるで別人のようだった。
「まず、第一に。生き残ろうと、生き残れなかろうと、試験の合否には関係してません」
「?!」
言葉が出てこなかった。
死んでも、合格する場合があると言うのだろうか? 死んでしまっては、合格しても意味がないのに?
「この試験は、書類でも学力試験でも調べることの出来ないことを知るための試験です。高校に行くためだけに周りを蹴落とそうとするような方や、殺しを楽しむような方を落とすために行っています」
悠莉の考えを知ってか知らずか、No-ALはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「第二に。このゲームで死んでも、現実世界で死ぬことはありません」
「……ほん、とに?」
思わず、泣きそうになった。
誰一人として、死んでいないということ?
「でも、それなら……」
悠莉の言葉を制止するように、No-ALは言葉を続けた。
「死なないとわかっていて受ける試験と、受からなければ死ぬと思って受ける試験では、結果が変わってきます」
確かに、実際には死なないとわかっていて銃を向けるのと、相手が死んでしまうと思って銃を向けるのでは、全く違う。
「そして、この嘘を信じてもらうためにサクラを用意しました」
その言葉で、ようやく悠莉にもわかった。
「最初に私が殺したように見えた少年は、私が作り出したただの映像です」
ここは、ヴァーチャル世界。プログラムであるNo-ALにすれば少年の映像を作り出すことくらい造作もない。
「彼は矛盾に気付いて、全ての嘘を見抜いたんです。毎年、試験でこれだけ大勢の学生が死んでいればニュースになっているはずなのに、実際はそんな噂すら流れていないと言う矛盾に」
言われてみれば、確かにおかしい。
そんな単純なことにどうして気付かなかったのだろうと思うくらいにおかしな話だ。
「……よって、貴方達は合格です」
「…………ごう、かく?」
先ほど破棄したはずの合格が、何故かまた戻ってきた。
わけもわからず、悠莉はぼんやりとNo-ALを見つめていた。
「もし、最初に合格だと言われたときに受け取っていたら不合格にしていましたが、貴方は彼が信じていた通りに合格を破棄しましたから」
あ、そうか。
ふいに、悠莉の頬がゆるんだ。
だから煉は何度も「信じてる」って言ったんだ。
「帰ったら、煉にお礼言わなきゃだ」
独り言のように呟いた、そんな言葉にさえNo-ALは律儀に言葉を返した。
「残念ながら、それは無理です」
No-ALの顔から表情が消えていた。
「……無理、ってどうして? だって、生きてるんだからお礼は言えるでしょ?」
悠莉の言葉に、No-ALは小さく首を横に振った。
「受験生全員から、ここでの記憶と学力試験の合格通知を消去します。試験の内容を外部に漏らさないためと、皆様のために」
「待って? そんなの変だよ!」
外部に漏らさないためというのはわかる。けれど、どうしてみんなのためになるの?
「たとえ現実ではないとしても、人を殺したという記憶と、自分が死んだという記憶が残ったままでは辛いでしょう?」
そう言ったNo-ALの表情は優しくて、とてもプログラムとは思えなかった。
何かを言おうとしたとき、悠莉はNo-ALが消えかけているのに気付いた。
「貴方を、現実世界に帰します」
違う。No-ALが消えているんじゃない。悠莉の方が消えているんだ。
「お願い! 最後に一つだけ聞かせて!」
消える前に、ひとつだけ。
一つだけどうしても聞きたいことがある。
「No-ALは、自分にも嘘吐いてたよね?」
驚いたように、悠莉の方を見ていた。言葉は、何も返ってこない。
「ただの映像でも、人を殺したこと。試験のためだけど、みんなを騙したこと。全部平気な顔でしてたけど、嘘でしょ? つらかったんでしょ?」
言葉が返ってくるよりも、悠莉が消える方が先だった。
「……メール?」
どうやら、パソコンに向かったまま寝てしまっていたらしい。そんな悠莉の目を覚まさせたのはメールの着信音だった。
わずか数行のメールだったが、悠莉は首を傾げた。
「合格、なのは嬉しいんだけど……あたし、なんかしたっけ?」
疑問を口にしてみたが、その気持ちとは裏腹に何故か頬がゆるんでいた。
「ま、いいか」
わからないことをいつまでも悩むのは性に合わない。
「とりあえず、煉と美鈴と栞に合格を報告しなくちゃ」
鼻歌混じりに良いながら、悠莉はわずか数行のメールを絶対に消さないようにと保存した。
悠莉・スガノ様
おめでとうございます。貴方は、試験の結果朱星学園高等部に合格しましたので通知いたします。
それから、ありがとう……
私立朱星学園高等部
FIN.
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