side-n 「何で平然と人を殺せるの?!」
誰も死んではいない。消えたのはただの立体映像。
けれど実際に、私が人を殺したように見せてるのは事実。
私は、ネットワークの中をあてもなく彷徨っていた。
……違う。帰りたいと思う場所はあった。ただ、どうすればそこに帰れるのかわからなかった。
帰る術を見失い、ただただネットワークの中を彷徨うしかなかった。
そこを、この学園に拾われた。
私は「モノ」として、人に従わなくてはいけない。「モノ」として、拾われた恩を返さなくてはいけない。
―私は、生き物ではなく、ただのプログラムだから。
学園での仕事は、園内の全てのコンピュータの制御、管理。教師学生全員のデータの保管。それから、入試の2次試験の監督。
学力試験通過者全員をヴァーチャルゲーム内に呼び、「ゲーム内で死ねば、現実でも死ぬ」と嘘を吐き殺し合いをさせ、書類や試験だけではわからない学生の一面を見るための試験。
口で言っただけでは疑われるから、受験生全員の前で一人だけ実際に消す。一人と言っても、それは私が作り出したただの立体映像で、実際には誰も死んではいない。
「今年の受験生はどうだ?」
去年と同じ質問。
まるで、機械のようだけれど、相手は人間。この学園の教師。そして、私を拾った人……
「例年に比べると、随分優秀です。特に受験番号4392は、もうすでにこの試験の真実を見抜いているようです」
「そうか。特に問題はないな?」
「はい」
「それなら、後は例年通りやっておけ」
そう言って、一方的に通信を切られた。
今年も、いつもとかわらない。
仕事だから、命じられたからしているだけの質問と、義務として行う念押し。
その一言一言は今年も何も変わっていなかった。
変化のない生活。
確かに、変化なんて「モノ」には必要ないかもしれない。
別に、変化を望む意味もない。
これから先も、受験生を騙し、人殺しと呼ばれ、その受験生達の記憶を消し、この世界に存在していることを誰にも知られない生活を送るのだろう。
「……GameClear……」
今年も、一人だけ。殺し合いの中を生き残った子がいる。
今からその子に会って、最後の試験を行わなくてはいけない。
最後まで生き残った子には、選んでもらう。周りを全て蹴落とした今、合格を受け取るか否か。ここで受け取れば不合格。他人の犠牲の上で高校に行こうとする子なんて学園は欲していないから。
毎年、この「最期の一人」に「人殺し」と呼ばれる。
つらいとは、思わない。
自ら、そう思わせようと仕向けたのだから。
けれど、今年は違った。
今年の「最期の一人」は、少女だった。
周りを蹴落としてまで、何かを得たいと思わないと言った。
迷いのない瞳。けれど、わかっているのだろうか?
少女に、一つだけ訊ねてみたくなった。
「……合格を破棄した貴方は、どうなると思いますか?」
「2次試験の内容を外部に漏らす可能性があるから、消すんじゃないの?」
恐怖もなく、真っ直ぐに答えた。
死を目前として、恐怖もなくいられるのは、何故だろう?
不思議に思ったけれど、「モノ」である私にはわからなかった。ただ、本当は死なないのにと思うと、少しだけおかしくなった。
いつもなら、どうせ記憶を消してしまうのだから意味がないと思って、しなかった説明を、この少女にだけは全て話した。
2次試験の意味、目的、真実。
何故話したのか、未だにわからない。話しながら、どうしてこんな無駄なことをしているのだろうと疑問にも思った。けれど、私は全てを話した。
もちろん、受験生全員からこのゲームでの記憶を消すことも。
私がそう言うと、彼女はどうしてと言う顔をしていた。そして、記憶を消すなんて変だと言った。
「たとえ現実ではないとしても、人を殺したという記憶と、自分が死んだという記憶が残ったままでは辛いでしょう?」
ここでの記憶は、残酷すぎる。
春から高校生になるような子達にとっては、邪魔にしかならない。
「貴方を、現実世界に帰します」
もう時間が迫っていた。
試験に費やして良いと許可されている時間が迫っていた。少女を早く現実に帰して、試験を終わらせなくては。
けれど、消える前に少女は必死に声を張り上げた。
「お願い! 最後に一つだけ聞かせて!」
もう話すことはないはずだ。全て少女には話したはずだった。
私はそう思ってが、それでも少女は言葉を続けた。
「No-ALは、自分にも嘘吐いてたよね?」
自分に、嘘?
ただのプログラムが、「モノ」でしかない私が、自分に嘘を?
わからなかった。
「ただの映像でも、人を殺したこと。試験のためだけど、みんなを騙したこと。全部平気な顔でしてたけど、嘘でしょ? つらかったんでしょ?」
つらくは、ない。
本当に?
自分に問いかけてみたけれど、よくわからなかった。
けれど、口から勝手に言葉が出てきた。
言葉が伝わる前に、少女は消えてしまった。
「……ありが、とう」
感謝の言葉は、口にしたと同時に何かに変わった。
思ったことは、プログラムでも涙を流せるんだなぁということくらい。
このとき、ようやく自分の嘘に気づけた。
「……会いたい……」
彷徨っているところを、拾ってくれた学園に恩はある。
けれど、会いたいと思う。
「もう一度、マスターに会いたい、です……」
もう見捨てられたかもしれない。一度手元を離れたプログラムなんて、もういらないかもしれない。それでも、私がただ一人マスターと認める人に。
世界で唯一人のマスターに、会いたい。
……貴方のところに、帰りたい……
FIN.
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