「わかった! 思い出の桜の木の下だ!」
「……思い出?」
 思い出の桜って何という顔で鈴木を見る田中から、鈴木ははずしたかと思って目をそらしていた。
「…………今のは、聞かなかったことにしてくれ……」
 視線を泳がせたまま鈴木はポツリと呟いた。
 が、田中は引き下がってくれなかった。
「ひょっとしたら今は私が忘れてるだけで、その思い出の桜のところに行ったかもしれないじゃない。ね、ね、思い出の桜ってなぁに?」
 そう言う田中の瞳は、自分の身体探しよりも、鈴木で遊びたいなぁと言う色が強かった。
 しかし、鈴木がそんなことに気づくはずもなく。田中の身体探しのために恥ずかしさを我慢して口を開いてくれた。
「……学校の裏山の……」
 鈴木がそう言ってくれたことに、田中は純粋に嬉しかった。
 あれを思い出として覚えててくれてるんだ。
「鈴木、ありがとう!」
 あまりにも唐突にお礼なんて言うから、言われた本人は何故言われたのか不思議そうにしていた。
「ありがとうって……なんで?」
「覚えててくれて、ありがとうってこと」
 田中はそれだけ言うと、くるっと鈴木に背を向けた。
「本当はね、身体なんて見つからなくても良いんだ」
 田中がどんな表情で言っているのかはわからなかった。そもそも、なんでこんなことを言いだしたのかすらわからなかった。
「おい、田中? それじゃぁ、オマエの未練はどうなるんだよ?」
 少し戸惑いながら、鈴木が聞くと、田中は背を向けたまま淡々と続けた。
「多分ね、これが未練だと思うんだぁ。鈴木が聞いたらオマエらしくないって笑うかもしれないけど」
 ゆっくりと息を吐いて。
 それから、田中は振り返って笑った。
「鈴木、大好きだよ」
 それと同時に、田中の身体が少しずつ消え始めた。
 田中はやっぱりなぁと呟きながら消えゆく様を見ていた。
「桜の下で会ったときから、好きだったんだよぉ」
 へらっと笑っていた。
 そんな田中に、鈴木は何も言えないでいた。
「これを伝えたかった。それが、多分、未練だよ」
 簡単なことだ。
 ここで、ごめん。か、俺も。と言えばいいだけだ。
 一言で良い。なのに、その一言が出てこない。
「嘘じゃないから、ホントにホントに好きだったから」
 笑顔と涙と好きだという言葉だけを残して彼女は消えた。
 そして、その思いに何も返すことが出来なかった。

おわり。

 

最初からやり直す?