「うん。掘ってみたい」
 田中がそう答えたので、鈴木は桜の木の下を掘り始めた。
 夜の闇の中、桜の下で、ただひたすらに土を掘った。
 けれど、そこには何もなかった。
「……ないね、何にも」
 田中は穴をのぞき込むと、肩を落として呟いた。
 そもそも、これはかなり低い確率だった。
 殺されたのか、事故死なのかもわからない。
 もしも、殺されたとしても、こんなところに埋められるとは限らない。どこか遠くで、証拠が残らないように処理するかもしれない。
「……ごめん、田中」
 何と声をかればいいのかわからず、鈴木は小さく謝った。
「鈴木は、悪くないよ」
 肩を落としているのに、田中は微笑んでいた。
 無理して笑わなくて良いのにと思っても、それは口から出ることがなかった。
「もう遅いし、今日は帰ろう?」
 微笑んだまま、田中は鈴木の少し前を浮遊していた。
 何か言わないとと思いながら、鈴木は田中のあとをついて歩いた。
 静かな帰り道。
 今まで、何度となく一緒に帰ったが、これほど静かな時間があっただろうか?
 沈黙が重かった。
 何か言おうと思えば思うほど、言葉はのどの奥で消えていった。
 自分の不甲斐なさを痛感する。
「鈴木、ついたよ?」
 ふと気がつくと、そこはもう鈴木の家の前。
 田中が不思議そうな顔で、鈴木を見ていた。
「あ、うん。それじゃぁまた明日」
 もっと別の言葉を出したかったのに、出てきた言葉はいつもと同じ別れの言葉。
「うん、じゃぁね。今日はホントにありがとう」
 そう言って田中は手を振った。
 いつもと同じ。
 いつもと……
「?!」
 そこでようやく鈴木は気がついた。
 田中は幽霊なんだ。死んだんだ。それなのに、明日会えるのか? そもそも、どこに帰るって言うんだ?
 家に入ろうとしていたところで、鈴木は後ろを振り返った。
「……田中?」
 そこに彼女の姿はなかった。
 あるのは夜の闇のみ。
 それ以来、彼女の姿を見ることはなかった。そして、彼女の身体が見つかったという話も聞かなかった。

おわり。

 

最初からやり直す?