初音が駆け出したと同時に、異変が起きた。
 白煙が立ちこめた。
「え?」
 煙が晴れると、そこには三体ほど鬼が増えていた。
 更に言えば、その増えた鬼は誰よりも花月の側にいた。
「花月!!」
 秋雨が声を上げたが、その距離では花月は逃げることもできない。怯えたように鬼を見ていることしかできなかった。
 だが、その三体の鬼は一斉に襲いかかった。花月に襲いかかろうとしていた鬼に。
 花月と秋雨がその光景を呆然と眺めている中、初音は辺りを見回していた。おそらく、いるはずだと思って。
「間に合ったようだな」
「きゃぁ!」
 まさか自分のすぐ後ろから声がするとは思ってもいなく、初音は思わず声を上げて振り向きざまに箒を振り下ろした。後ろにいた人物は煙管でなんとか箒を止めることが出来た。
「誰彼構わず箒で殴りつけようとすんな。この馬鹿」
「馬鹿は槐の方でしょ! いきなり人の後ろに立つ方が悪いのよ。大体、何でいきなり現れるのよ」
 箒を下ろしつつ、初音は槐を睨み付けた。
「説明は後回しだろ。まずは鬼を片づける方が先だ」
 初音の睨みを無視して、槐は鬼の方に視線をやった。もうすでに三体の鬼が一体の鬼を倒し終えていた。
 槐が指を鳴らすと、三体の鬼は現れたときと同じように白煙とともに姿を消した。
「あの、初音さん?」
 今までただ呆然と見ていることしか出来なかった花月が、おそるおそる初音に声をかけた。
「何が起きたんでしょうか? さっきの鬼と、それからそちらの方は……」
 少し困ったように笑いながら初音は口を開いた。
「さっきの三体の鬼は、この人の使い魔なんです」
「え、待ってください? 鬼を使い魔って……」
 妖怪を従えるには、基本的に力で押さえるしかない。しかし、人間にはそれほどの力はない。ゆえに、妖怪を従えようとすれば逆に喰われるのが普通である。それなのに、槐は喰われることもなく鬼を従えている。一体ならまだしも、数体。
 普通に考えれば、かなり無茶である。
「……まぁ、あれでも一応神主ですから力はあるみたいですよ」
 槐をちらりと見ると、あれとは失礼だと言いたげに初音を睨んでいた。
「神主、様?」
 花月は思わず、槐を見た。着物は乱れているし、煙管はくわえているし、どこをどう見ても神主には見えない。むしろ遊び人にしか見えない。
「妖守神社の神主、槐です。神主には見えませんが」
 苦笑を浮かべつつも、初音は槐を紹介した。
 このとき、花月は心の底から思った。人を見た目で判断してはいけないと言うけれど、いくら何でもこんな神主様がいて良いのだろうか。
 でも、いるんだから仕方ないんです。
「さて、それではこっちも聞きたいことがいくつかあるんですけど」
 一通り説明が終わったので、初音は秋雨に話を振った。
 依頼は片づいたが、まだわからないことがいくつかある。
「秋雨さん、あなたは鬼の目的をご存じでしたね? それを教えていただけませんか」
「私が依頼したわけでもないのに、何故答えねばならぬ?」
 予想通りの返答だった。だが、初音は引き下がるつもりはない。
「確かに、依頼主は花月さんです。その花月さんは私が依頼を受けなくてもこの屋敷を、貴方の側を離れなかったでしょう。そうなれば、鬼に殺されていましたよ? それを防げたのは当神社の神主がいたからです。私が依頼を受けたからです。それでも、教えていただけませんか?」
 秋雨にだって、それくらいわかる。むしろ、初音よりも秋雨の方が花月とのつきあいは長い。だからこそ、花月の性格はわかっている。
「……わかりました。話しましょう」
 ゆっくりと息を吐くと、秋雨は淡々と話し始めた。
「満月の夜、父が言い出したのです。次の新月の夜、鬼に花月を襲わせる。命が惜しくば他言するな。花月を死なせたくなければ鬼を倒せ。倒せたら、お前を自由にしてやろう、と」
 人は、時に鬼よりも残酷。妖怪を使ってでも自分の手を汚さずに人を殺そうとする。
「でも、どうして花月さんが?」
 花月が狙われる理由がない。幼なじみで、ただの女中である。殺されるほどのことが何かあるのだろうか。
 秋雨は小さく笑った。
「この家では、男児は生まれても皆幼いうちに死んでしまうので、子供の間は男は全て女として育てられるのです」
 花月はそのことを知っているらしく、穏やかな表情を浮かべていた。
「私、秋雨は男です」
「はぁーーーーーー???」
 予想外の展開だった。
 だが、残念なことに驚いたのは初音だけだった。
「あぁ、やっぱりな」
「なんでやっぱりとか言ってるの?! 何で気づくの?!」
 槐につかみかかる勢いで、初音は一人わめき散らしていた。
「姫の割には女らしさに欠けるからな」
 むしろ、何でお前はわかんねぇんだよと言いたげだった。初音にしてみればわかる方がおかしいのだが。
「……話を続けても良いですか?」
 思った以上の反応に、秋雨は少々困っていた。
「え、あ、ごめんなさい。お願いします」
 初音が聞く体制に入ると、秋雨はまた話を続けた。
「父は私の気持ちに気づいたので、花月を殺そうとしたのです」
 秋雨は辛そうに花月を見つめていたが、花月はやわらかに微笑んだ。おそらく、花月には秋雨の言いたいことがわかったのだろう。
「秋雨は、悪くないよ」
 そんな二人のやり取りを見て、いくら鈍い初音でも、秋雨と花月の気持ちに気づいた。
「でも、鬼を倒したんだから、秋雨さんは自由なんですよね? じゃぁ、これでめでたしめでたしってことに……」
 正確に言えば、鬼を倒したのは秋雨ではない。だが、他言しなければ知られることはない。このまま秋雨が鬼を倒したと言うことにすれば、約束通り秋雨は自由の身になるはずだ。
「甘いな」
 初音の考えを撃ち破るように、槐は淡々と言葉を紡いだ。
「秋雨が鬼を倒したと言うことになれば、刀一つで鬼を倒せるほどの力を持っていると思われる。それだけの力をわざわざ手放すと思うか?」
 言われてみれば、確かにそうだ。
 跡取り息子にそれだけの力があるとわかって、手放すとは普通考えられない。
「つまり、父は初めから私を自由にするつもりはなかった、と」
 鬼を倒そうが、倒せまいが、どちらにしても秋雨をこの家に縛り付けるつもりなのだろう。
「ね、槐。何とかならないの?」
 いくら何でもひどいと思った。どれだけあがいても報われないなんて、ひどすぎると。
 そこで、槐に聞いてみたが、槐はめんどくさそうに初音を見下ろしていた。何で俺がやらなきゃいけないんだと言いたげだった。
「……だって、折角頑張ってたのに、それが無駄になるなんて……」
 初音の消えそうな呟きに、槐はため息を一つ吐いた。
「方法が、ない訳じゃない」
 槐のその一言で、場の空気が一瞬にして変わった。
「死ねば良い」
 冷たく、はっきりと、一言だけそう告げた。その言葉に一番驚いたのは、初音だった。
「ちょっと槐! 馬鹿言わないでよ! 死んであの世で一緒になれとでも言うつもり?!」
 初音に耳元でわめかれつつ、眉をひそめた。
「お前は人の話を最後まで聞け」
「へ?」
 初音が大人しくなると、槐は秋雨達に向かって言葉を続けた。
「秋雨が鬼を倒したと言うことにするから面倒になるんだ。それなら、二人は鬼に殺されたことにすればいい。そうすれば、自由になれる」
 ただし、楽ではないがな。と付け足した。
 鬼に殺されたことにすれば、家に縛られることもなくなるだろう。だが、そう簡単に事を運べるだろうか。二人が死んだという証拠もないのに疑われないだろうか。
 花月と秋雨が顔を見合わせた。お互い、同じことを考えているのだろう。
「何で俺がここにいると思ってる?」
 ふいに槐が問うた。
 あまりにも唐突すぎて、しばらく何を聞いてるのかわからなかった。
「俺の仕事は、今日ここで起きたことの結果を秋雨の親に報告すること」
 誰の答えも待たず、槐は淡々と言う。
「つまり、俺が『二人は鬼に殺された』と報告すれば問題ないってことだ」
 その後、秋雨と花月は屋敷を出た。鬼に殺されたと言うことにして。
 二人を見送った後、初音は小さく呟いた。
「仕事なのに、嘘の報告して良いの?」
「嘘を報告するなとは言われてない」
 相変わらずだなと思いながら、初音は槐の少し後ろを歩いていた。
「報告するだけの仕事なのに、鬼を倒して良かったの?」
 槐は振り向きもせず、初音の少し前を歩いていた。
「俺がやらなかったら、お前が人前でやったんだろ? そっちの方が面倒だからな」
 本当に相変わらずだなと思う。めんどくさそうにしてて、でもちゃんと他人のことを考えている。
「それにしても」
 秋雨と花月のことを思い出す。
「良いよねぇ、あの二人」
 お互いを大事に思ってる。自分のことなんかよりも、相手のことを想えるということが、少しうらやましく感じた。
 初音の呟きに、しばらくは何の反応も見せなかったが、やけに真剣な声で反応を返した。
「俺が相手になったやろうか?」
「……ぇ?」
 初音が、その言葉の意味を正確に理解する前に、槐は小さく笑った。
「冗談に決まってるだろ」
 相変わらず、振り向きもせずに初音の少し前を歩いていた。

おわり

あとがき。
3周年企画、少しは楽しんでいただけましたでしょうか?
一応、これがtrue endigのつもりです。2周年の時と同じ隠し方ですね(笑)
ホントは、もう2つくらいtrue ending用意するつもりだったんですけど、間に合いませんでした;
一応、エンディング数だけでは今までで一番多いはずです。
エンディング総数10でしたっけ?2周年は7のはずですし
何はともあれ、3周年本当にありがとうございます。こんなに続いてるのにあたし自身驚いてます(笑)
これからも、どうぞよろしくしていただけると嬉しいです。

 

最初からやり直す?