見た目はさほど強そうではないが、見た目だけで判断しない方が良いであろう。
初音は箒を構えながら、鬼が仕掛けてくるのを待った。
相手の力量も知らずに仕掛けては、勝てる物も勝てなくなるかもしれない。
「秋雨は何処だ」
初音を見下しながら鬼は問うた。
「知りたければ、私を倒してご覧なさい」
笑って答える初音を見て、鬼は嘲笑を浮かべ「人間の小娘風情が」と言った。
今まで何度も妖怪を相手にしてきた初音は、馬鹿にされることに馴れてしまっていたので何とも思わなかった。
「それなら、早く掛かってきなさいよ」
人を馬鹿にしてくるくせに、鬼は初音に掛かってくる気配を見せなかった。
にやりと笑みを浮かべて「貴様などに構う必要もない」と言った。
その言葉を聞き、あっと思ったが初音の身体が動く前に鬼が動いた。秋雨の部屋を飛び出し、屋敷の中を駆けていった。
「待ちなさい!」
後を追って初音も部屋を飛び出したが、鬼の姿はもう見えなくなっていた。初音の想像以上に素早いらしい。
走り出してはいるが、屋敷の中をまだよく覚えてない初音では鬼に追いつける自身がなかった。こう言うとき、自分の不甲斐なさと未熟さを感じる。安全を考えて、一番遠い部屋と指示したのが間違いだった。何かあったときすぐには駆けつけられない。
「何で、いないのよ……馬鹿神主……」
初音に「一人で仕事をするな」と言っておきながら、すぐに姿を消してしまう神主。その存在の大切さを改めて思い知った。
突如、遠くから花月の叫び声が聞こえた。
まだ遠い。屋敷が広すぎる。入り組んでいる。そのせいで、自分が何処にいるのかもよくわからない。ただその声のする方に向かっているだけで、方向があっているのかもわからない。
声が聞こえなくなった。初音の中に一瞬不安がよぎった。
だが、まだ何か物音が聞こえる。暴れているのだろうか。物が倒れるような音。
「ここだ」
屋敷の奥の部屋の前に着くと、肩で息をしながら障子に手をかけた。物音は収まったが、人の気配はする。
祈るような気持ちで初音は障子を開けた。
「遅い」
開けたと同時に、初音の耳に聞き覚えのある声がした。そして、視界には予想していたのとは違う景色が広がっていた。
鬼に襲われている花月と秋雨の姿があると思っていた。確かに、鬼も花月も秋雨もいた。だが、花月は平然としていて、秋雨もまだ眠りから覚めていない。むしろ鬼の方が倒れていた。さらには、予想外の人物が一人。
「何で槐がいるの?!」
着物を着崩し、煙管をくわえた男を指さして初音はわめいた。
その男―槐はめんどくさそうに眉をひそめた。
「俺が居ちゃいけねぇのかよ」
「そうじゃないわよ! 今までどこかに行ってたくせに何でいきなりこんなところに居るのって聞いてるの!」
槐と、箒で殴りかかりそうな勢いの初音を交互に見て、花月はおそるおそる尋ねた。
「あの……初音さん、こちらは?」
「え」
初音は、花月の顔をしばらく見つめていたがやがて答えづらそうに視線を逸らした。
花月にしてみれば、神社の巫女と遊び人にしか見えない男が知り合いだと言うことが不思議でたまらないのだろう。
視線を逸らしたまま、初音は小さく答えた。
「……当妖守神社の神主です……」
花月はもう一度槐を見た。
やはり着物は着崩している。髪だって整ってはいない。それだけで十分遊び人のように見えるのに、小道具として煙管をくわえている。端から見れば、いや、端から見なくても遊び人のそれだった。
「初音さん、神主様って神様に仕える方でしたよね?」
花月の質問に初音は「そうだったと思います」と答えた。
どう頑張っても、神様に仕えてますって感じはしない。どちらかというと神様なんてくそくらえな感じがする。人を見た目で判断してはいけないが。
「お前ら、失礼なこと思ってないか?」
槐がおもしろくなさそうに二人を睨んだ。が、睨まれた二人はぱっと話を逸らした。
「ところで、神主様は出掛けてらっしゃったんじゃないんですか?」
「そうそう! 何でここにいるのよ!」
話を振られても何も言わなかったが、眼がめんどくさいと言っていた。
「それより初音」
また話を逸らされると思い、初音は口を挟もうとしたが、槐の方が早かった。
「さっさと帰った方が良いんじゃねぇか? 勝手に薬盛って眠らせてんだろ。目が覚めたら色々言われるぞ」
秋雨を指さして、ほれと言った。
確かに、勝手に薬を盛って、断られた仕事を行ったのだから、目が覚めたときにその場に居合わせては都合が悪い。
「……帰ります!」
初音は、槐の着物の裾を掴むとそそくさと屋敷を後にしようとした。
が、ふと思い出したように振り返った。
「秋雨さんに……」
少し迷ったが、言葉を決めた。
「強く生きてくださいって伝えてください」
おわり
|