俺はなんなんだろう?
 俺は誰かの代わりなんだろうか?
 俺という人間は必要ないんだろうか?

THE DOLL HOME
―ニンギョウノヤカタ―
〜人のために人の代わりに生きる人〜

 俺は俺だ。他の誰でもない。

「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
 どこかから女の子の声がした。俺は何かを考える間もなく走り出していた。
 声のした方向に向かって走っていると大きな屋敷が見えてきた。声はおそらくここからだろう。俺はそう考えると屋敷の門をくぐっていた。
 そこにあった光景は不思議なものだった。
 小さな女の子が窓から身を乗り出していた。そしてその女の子の視線の先には俺と同じ年ぐらいの女の子が横たわっていた。
 恐る恐る倒れている少女に近づいた。そして俺は気付いた。
「……人形?」
 倒れているのはマネキンのような人形だった。
 身体のパーツがとれていたり、顔にヒビが入っていたりするが可愛い顔をしていた。
 その人形を見ていると上から声がした。
「どいて!!」
 何が起きているのかを考える前に俺はその言葉に従って人形の側からどいた。
 俺は自分の立っていた場所を振り返った。するとそこには窓から身を乗り出していた少女が立っていた。
 さっきまで二階にいたはずの少女がどうしてここにいるんだろう?
「さっきまで二階にいた子だよね?」
 散らばった人形のパーツを拾い集めている少女に声をかけた。すると少女は俺の方をちらりと見てすぐに視線をそらした。
「気のせいじゃないですか?」
 気のせいとは思えなかった。
 その透き通りそうな水色の髪はそうそういるような物じゃない。
 俺は人形のパーツを拾うのを手伝いながら話しかけた。
「もし気のせいだというなら君はいつからここにいたんだ?」
「最初からいたわよ。貴方が気付かなかっただけ」
「いや、いなかった。ここにいたのはそこの人形と窓から身を乗り出していた君にそっくりな女の子だけだった」
「私、影が薄いの。気付かなくても仕方ないわ」
「……仮に俺が気付かなかっただけだとしよう。それなら二階にいた君にそっくりな女の子は誰だ?」
「双子の妹よ。よく似てるでしょう?」
 少女はそう言うと俺の手から人形のパーツをひったくった。
「お手伝いどうもありがとうございました。ではさようなら」
 そして少女は自分よりも大きな人形を背負って歩き出した。
 少女のあまりな態度に腹を立て、何か一言言ってやろうと思い、館に入ろうとしている少女の腕を掴んだ。その腕は人間にしては冷たすぎた。
「……触らないで下さい」
 腕を振り払うと少女は冷めた瞳で俺を見た。
「一応お礼は言いますが、それ以上は期待しないで下さい。私はこれ以上貴方に関わりたくないんです」
 少女は館の中に消えていった。

「……どうして……?」
 どうしてこんなに動揺してるの?あの人に似てるから?
「違う。似てない。あの人じゃない」
 あの人はもういない。もういないの。私がこんな身体になった理由を思い出して。
「……そう。あれは別人なの」
 別人だとわかっているのに。なのにどうして?
 どうしてこんなに胸の鼓動が早いの?
「今の私……まるで人間みたい……」
 真魚さんを降ろして扉に寄りかかった。
 ぴくりとも動かない真魚さんを見て思わず呟いた。
「絶対に……死なせないからね」
 おかしい?人形は元々生きてないのに死なせないなんておかしい?
 でも……真魚さんは……
「人間のときの私よりずっと人間らしいと思うよ?」
 人間のときの私よりずっと人間らしい真魚さん。例え人間に憧れる愚かな人形でも、私ほど愚かじゃない。私の方がずっと愚かだ。
 真魚さんの望みを叶えることは出来ない。でも、救いたい。
 そっと真魚さんに手を伸ばしたときだった。
「オイ!開けろよ!!」
 扉を荒々しく叩くあの人によく似た声。
 でも、あの人じゃない。あの人はこんな風に荒々しくない。
 それでも胸の鼓動が早まる。私、おかしい。

「どうして開けなくてはいけないんですか?先程も言ったはずです。これ以上貴方に関わりたくないと」
 そんなので納得できると思っているのか?
 俺は納得できない。会って数分の相手にこれ以上関わりたくないと言われる覚えはない。
 閉じたままの扉の向こうからする声に俺はイライラしていた。
「早急にお帰り下さい」
 子供とは思えない言葉遣い。雰囲気だって子供のそれとは違った。どこか大人びていて。俺よりも年上のような錯覚に陥る。
「良いから開けろって言ってるんだ!!開けるまでここを動かないからな!!」
 こう言えば開くと思った。
 だがそれは俺の勘違いだった。
「御勝手にどうぞ。ただし、貴方がどれだけそこにいようと私はここを開けませんから」
 少しも動揺の見えない声。
「お、おい!本気かよ?!」
 慌てて扉を叩いたが返答が返ってこない。
 本当に開けるつもりがないらしい。
「……そこまで俺が嫌なのか?」
 俺が何をしたというのだろう?そこまで嫌がられるようなことをしただろうか?
 身に覚えは全くなかった。
「やってらんねぇ……」
 小さく呟いたが、俺はそれくらいであきらめたりはしない。
 扉の前に腰を下ろすと、俺はとりあえず目を閉じた。
 この数分の出来事を一つ一つ思い出す。
 問いかけた質問。パーツを拾った。掴んだ少女の腕。
「……関わりたくないと言われるほど嫌われることはしていない」
 どう思い出してもやはり身に覚えがない。
 少しは嫌われてもおかしくない。質問がしつこかったと思うところもある。
 だが、あの嫌われ方はおかしい。異常だ。
「……嫌われる理由」
 俺の周りにいる奴らだって好いてはいないが、嫌ってはいない。いや、嫌われているのに気付かないだけかもしれない。
 何にしても、異常な嫌われ方をしたことはない。
「まだあって間もないんだ……嫌われている理由を探すのはそう大変ではない」
 そう考えてはみても身に覚えが全くないのだから探しようがない。
「俺の行動にはそれほど問題はない……」
 自分の行動は詮索対象から外した。だがそうなると、何も無い。
 行動以外で嫌われる原因。それも数分で。
「……そんなものあるのかよ?」
 声がいやだ、顔が嫌い、雰囲気がむかつく。
 いろいろ考えてみたが、数分で嫌われる理由は何も浮かばなかった。
「…………待てよ……」
 最初に俺を見てすぐに目をそらしたときから、それから一度もこちらを見なかった。
 これに理由はあるのか?
「顔が嫌い……」
 呟いてからすぐに頭を振った。
 自分の顔はそれほどひどい物ではない。あまり好きではないと言われても仕方ないが、関わりたくないと言われるほどひどい顔ではない。
「……違うか……」
 他に顔を見ようとしない理由はなんだろう?例えば……
「似てるとか……」
 大嫌いな人とよく似た顔。それは、思わず目をそらしたくなるだろうか?関わりたくないと思うだろうか?
 そこまでして嫌いな人がいるのだろうか?疑問に思うが、俺の頭ではそれ以上の考えが浮かばない。
「……本人に聞くのが一番早いんだけどな……」
 だが、本人は閉ざされた扉からでてきそうもない。

「……まだいる……」
 これで何日目だろう?
 一週間経ったのだろうか?
 この数日間、いつ見てもあの男はそこにいた。
 窓から外を見ると目に入る。好きで見ているわけじゃない。目に入るから仕方なく見ているだけ。
「いつまでいるつもりなのかしら?」
 あの男がいる限り外には出られない。食事には行けない。パーツの足りない真魚さんを修理することもできない。
「……ちゃんと食事採ってるのかしら?」
 いつ見てもあそこに立っているあの男は食事を採っていないのではないだろうか?あそこから一歩も動いてないのではないだろうか?
「…………そんなこと私には関係ないじゃない」
 私、変だ。あの人に似てるせいだろうか?気になる。
 ふいに顔を上げてあの男を見ると、男もこちらを見ていた。
 笑顔で手を振る男から視線をそらした。笑顔まであの人に似ていた。これ以上あの男を見ていたくない。
 フラフラと窓から離れて人形を呼びつけた。
「あそこから……あの男を消して……」
 無理矢理絞り出した声で人形に言うと人形はいつもと変わらない返事を返した。
「はい。ご主人様」
 人形はそう言うと部屋から出ていった。
 私は、もう二度とあの男を見なくてすむと思うとホッとした。それと同時に胸が痛くなるのはあの人に似ているからだ。それ以外に理由はない。
 数分後、人形が私の部屋に帰ってきた。

「ご主人様。連れて参りました」
 俺は何故か屋敷の中にいた。
 あの少女がでてくるまで動かないでいようと思っていたら、メイド風の女がでてきて「お入り下さい」と言った。
 その女に連れられて屋敷に入ったのだが、通されたのはとある一室。
「……ど……して?」
 あの少女が消えそうな声で呟いた。
 少女は女につかみかかると叫ぶように言った。
「どうして連れてきたの?!誰もそんな命令をしてないわよ!」
 女は変わらない表情で少女を見ていた。
「青木明様はこの部屋にお連れするようインプットされております」
「っ!!」
 少女は何か言おうとしたが、何も言わずに女を離した。
「……お取り込み中悪いけど、俺はアオキアキラじゃないからな?」
 状況は飲み込めないが、女が俺を誰かと間違っているのは確かだった。
「俺は山野達巳。間違えないでくれ」
 だが、女は反応を返さなかった。それに苛ついて口を開きかけたときだった。
「貴方の名前なんてどうでも良いの。早くこの屋敷から出ていって。もう二度と近づかないで」
 少女は冷たい灰色の瞳で俺を睨み付けていた。とても年下とは思えなかった。
 だが、負けるわけにはいかなかった。
「おい!前から言おうと思ってたけどな、なんでそんなに俺を突き放すんだ?!」
「そんなこと貴方に関係ないわ。あえて言うなら貴方が嫌いだからよ」
「それがわかんないんだよ!俺、そんな嫌われるようなことしたか?」
 少女は俺を睨み付けたまま「したのよ」と短く答えた。その瞳がわずかに揺らいだ気がした。
 俺は何もしてない。だとすればその俺に似ているらしい『アオキアキラ』が相当嫌われるようなことをしたのだろう。
 言わない方が良いのかもしれないと言ってから思った。
「そんなに『アオキアキラ』が嫌いなのか?!」
 その途端少女の顔が変わった。悲しそう?苦しそう?辛そう?どれでもあってどれでもなかった。
 少女の頬を水が流れていった。
 違う。水じゃない。

 終わらない夜はない。
 永遠に来ない朝はない。
 朝が来ないと思い、命を絶とうとした者がいる。
 朝が来ないと諦め、それでも願っている者がいる。
 朝はきっと来る。そう信じている者がいる。

「何も知らないくせに口を挟まないで!!!」
 朝はまだ遠い。けれど、確実に近づいていた。
 流れ落ちるのは涙だった。

 

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第三章