終章 さくら

 季節は春。桜が咲き乱れ、新入生もいくらか学校になれてきた頃。直人達は高校二年生になっていた。
 幸か不幸かクラス替えはなく、去年と変わらないメンバーで新しい年度を迎えた。
「桜井君、オカルト臭が健在でよかったわ」
 相変わらずな発言をしながらミサが直人の側まで来た。どうやら今年のオカルト研究会部長はミサがやることになったらしい。新入部員を募ってはいたが、見ている限り近づく人すらいなかった。
「帰宅部なんて辞めて、オカルト研究会に入らない?」
 相当危機的状況なのか、ついに直人まで勧誘し始めた。
「俺オカルトそんなに興味ないし」
 どれだけオカルト臭がすると言われても、本人には全く興味がない。一年の頃のように信じていないわけではないが、やはり興味はなかった。
 ミサは残念そうにしていたが、すぐに気を取り直した。
「桜井君を諦める代わりに誰か紹介して」
「わけわかんないから。それ」
 声をかけられたら、断る代わりに別の誰かを紹介なんて悪徳商法のようだ。
 直人が呆れていると後ろから結城がやって来た。
「あれー? 桜井、黒井をナンパ中?」
 黒井に対してはもう怯えなくなったらしい。相変わらずホラーの類はダメだったが。
「あ、そうだ。黒井、俺の代わりに結城あげるよ」
「は?」
 状況を理解出来ていない結城の背中を押すと、ミサはいつもの妖しげな笑顔を浮かべて「ようこそ。オカルト研究会へ」と言ってのけた。
 結城に拒否権はなさそうだった。
 直人はその場をさっさと逃げ出したからよくわからないが、知り合いの話によると結城が本気で泣き出しそうになっていたらしい。
「あ。サックー! ユッキー知らね?」
「結城に用事?」
 ミサから逃げ出し廊下をぼんやり歩いていた直人に杉田が話しかけてきた。微妙に機嫌が悪そうだ。
「ユッキーが日直のくせに消えたせいで、先生に仕事押しつけられたー」
 文句を言いながらも仕事はしっかりやり終えたらしい。相変わらず勉強はやらないが、こういうところでは真面目だった。
「結城なら向こうで黒井にオカルト研究会に勧誘されてるはず」
 直人が自分の来た方向を指さしながら言うと、杉田は思わず黙った。
 しばらく考えたあとで「……なら良いヨ」と呟いた。これ以上結城をいじめるのはさすがに可哀想だと思ったらしい。
「そういえばサックー。ワタッチが探してたヨー」
 言われて思い出す。そう言えば渡里のことを待たせていたっけ。
 杉田に礼を言うと直人は廊下を走っていった。背後から「廊下は歩くものデショー!」と杉田の声が聞こえたので早歩きにしておいた。
 教室の扉を開けてまず第一声は「渡里、ごめん!」だった。
「理数系希望のくせに数学出来ないって言うから教えてやろうと待っていたのにな」
 元々の口調が淡々としていて表情もほとんど変わらないせいで、怒っているのかどうなのかわからない。
 おそるおそる近寄ると「明日の昼、缶コーヒー一つ」とだけ言って教科書を開いた。どうやらそれで手を打ってくれるらしい。
 渡里から数学を教わった帰り、恭介を見かけた。
 相変わらず連絡も無しに押し掛けてきたりするが、以前に比べると随分マシになった。
 遠くから眺めていると、恭介も直人に気づいたらしく手を振ってきた。けれど、それだけ。名前を連呼したり、後ろから奇襲をかけてきたりはなかった。
 きっと周りが変わったと言うよりも、直人が変わったのだろう。
 周囲も少しずつ変わっていくが、世界がまるで違って見えるのは、世界ではなく本人が変わったから。直人の目に映る周囲が変わったのも、直人が変わったからだ。
 そんなことを考えながら真っ直ぐある場所へ向かった。
 ただの噂だった『幽霊屋敷』。直人にとって忘れられない場所。去年の今頃、ここに来たことで色々変わった。言葉では表しきれないくらい変わった。
 あのときと同じように塀をくぐり敷地内へと入っていった。もう見上げても窓は開いていないだろう。
「……あれ?」
 いつもと同じ窓が開いていた。もう六花はいないはずなのに。ひょっとして冬に開けていったきり閉め忘れていたんじゃないかとさえ思った。
 けれど、この際理由なんてどうでも良かった。
 直人は樹に登り始めた。せっかくここまで来たのだから、せっかく窓が開いているのだから、少しくらい部屋を覗いていっても良いだろう。
 なんとなく、あのときと似ていて少し楽しかった。
 色々と思い出してくる。忘れていたわけではないけれど、こうしているとリアルに思い出してくる。
 この窓から中に侵入しようと思ってたのに、その部屋には六花がいたんだ。
 そう思って開いていた窓から部屋に入り込んだ。そこはあのときと変わらなかった。
「……あなた、誰?」
 あのときと変わらず、六花と同じ顔をした少女がいた。
 一瞬六花かと思ったが、すぐにわかった。
 この子が『七人目』だ。
 笑顔がこぼれそうになる。
「俺は、桜井直人」
 直人の名前にぴくりと反応したが、それが何故かわからない様子でいた。
 あのときと同じ、少しはにかんだような笑顔。
 やっぱりこの子は六花なんだと思う。
「私は、七日……直人、くんは、外の人?」
 彼女の言葉に小さく頷きながら直人は笑った。
「『直くん』で良いよ。六花」
 聞き覚えのある響きなのか、彼女は不思議そうにしながら必死に考えていた。
 この子は六花に似ているだけでやはり別人なのだろうか。それとも六花の記憶を持っていれば六花なのだろうか。
 そこまで考えて、よくわからなくなった。
 どちらでも構わない。そんなこと本人に聞けばいいことだ。
 それよりも、直人にはしなくてはいけないことがあった。六花と約束したこと。
 ――忘れても、思い出させるから!
 さぁ、どうすれば思い出してくれるだろうか。
 考えた末に、まずは手を差し出した。
 わけがわからない様子で彼女は差し出された手と直人の顔を見比べていた。
 時間はあまりない。この限られた時間でどれだけのことが出来るだろう。
「桜を、見たいと思わない?」
 その誘いに少し戸惑っていたが、彼女はおずおずと差し出された手を取った。ここが新しいスタート。
 直人は鞄の中から白い帽子を取りだした。六花が最期に遺したもの。それは直人のお守りになりかけていた。
「まだ日が高いから、これかぶって」
 かぶらされた帽子をどこか懐かしそうな瞳で眺めていた。
「……ねぇ、直くん」
 問いかける小さな声。
 何か愛おしいものでも見るような瞳。
「この帽子、私知ってるよ」
 それは『七日』としての記憶ではない。紛れもなく『六花』の時の記憶。
 紡がれる言葉は『六花』からの最後の告白。
「『誰か』が、大好きな人にもらった宝物……だよね?」

 記憶は消されていても、やっぱりどこかで覚えている。

FIN.


400字詰め原稿用紙換算枚数256枚。

あとがき
 ここまでお付き合いくださいありがとうございました。
 この話は実はタイトルが先です。あたしにしては珍しいですね。いっつも最後までタイトル決まらなかったりする側の人なのに(笑)
 このタイトルは知ってる人は知ってると思いますが、前のサイト名です。この名前を思いついた時、「このタイトルで話を書きたい」と思ったんです。あたしが自分で付けた名前の割にはお気に入りです。
 改めて読み直しても、何というか……主役二人のキャラをもうちょっと……うん、反省点ですね! 精進しましょう。設定自体はとてもあたし好みです。だからこそ、余計に惜しいことしたなぁと思います。

 これも一応投稿用だったんですが……まぁ結果はそんな感じです。でも別に構いません。これを出したところから評価シートを送っていただいたので。あんまり自分の作品を客観的に見れないからね。良いところと悪いところをはっきり言ってもらえると勉強になります。ホント有り難いなぁ。
 あ。力を入れたところは褒めてもらえたので、すっごい嬉しかったです! 日本の四季の好きなところを伝えたかったんだ! だからそこだけ妙に力を入れてしまいました(笑)頑張りって伝わるんですね。

 大抵書き上げた話のその後を自分で少し考えたりもしますが、この話に関しては非常に考えづらいというか……直人が七日を六花として見るってこと。それはつまり、七日という人格を無視してるんじゃないかと……それは幸せではない。一年が過ぎる前にそのことに気付いてくれたら良いなぁ。直人はいつにも増して弱い主人公だったので心配です。
 創られた物でも、幸せになる権利はあると思います。そうであって欲しいです。でも、できれば。人が生き物を創るようにならないで欲しいと願います。

 雪が好きな桜と、桜を夢見ていた雪の物語。もし少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。つまらなかった場合は……精進いたします。
 ここまで読んでくださりありがとうございました。

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