01.game-start

 

 それから、数ヶ月。
 悠莉はまた、いつもと同じように煉とネットワーク上で会話をしていた。
「ねぇ、煉。そろそろじゃない? 1次試験の合否が出るのって」
 悠莉の間の抜けた言葉に、煉は相変わらずため息しかでなかった。
「あのなぁ……そろそろどころじゃなくて、今日だろ?」
「あれ? そうだっけ?」
 困ったことに、悠莉は至って大まじめだった。
 朱星の1次試験―学力試験は終了し、結果次第で2次試験を受けれるかどうかが決まるので、結果を待つだけだった。
 受験生のほとんどは、この結果が出るのを様々な思いで待っているはずなのだが、悠莉だけは別というか、どうもおかしい。
「お前、朱星ホントに行きたいのか?」
 思わず煉が疑うくらいだった。
 だが、悠莉は当然でしょ! と言い切った。
「何のためにあたしがあんなに必死になって勉強したと思ってるのよ?!」
 確かに、あの日以来の悠莉の勉強に対する姿勢はすごかった。教師が煉にこっそり「アイツ、何があったんだ?」と真剣な表情で聞くくらいだった。
 煉にしたって、よくわからない。
 そこまで必死になってまで、悠莉が朱星に行きたがる理由がわからない。
「何でそこまで必死になって朱星に行きたがるんだよ?」
 そうやって、悠莉に一度聞いたことがあるが、そのときの悠莉の答えはあまり信用できなかった。
「だって、家から1番近い学校なんだもん」
 確かに近い。徒歩5分くらいの距離のはずだ。
 けれども、そんな理由で、必死になってまで学力を上げて、それでも学力的にはギリギリの学校を受けるだろうか?
 煉がそんなことを考えていると、聞き慣れた音が鳴った。
『新着メールが1件』
「煉、れーん! 朱星から合否のメールが来たよ!」
 煉はメールを開く前に、悠莉の言葉でメールの内容を知った。
 メールは朱星学園からの1次試験合否通知だった。
「すごいすごい! あたし、1次試験合格だって!! やれば出来るもんだねぇー」
「わかったから、少し黙れ。こっちはまだメール開いてないんだよ」
 一向に黙ろうとしない悠莉に呆れ、煉は強引にネットワークを遮断してからメールに目を通した。

煉・イケウチ様
 おめでとうございます。貴方は、朱星学園高等部の第一次試験を合格しましたので通知いたします。第二次試験につきましては、下記のURLにアクセスしてください。

 メールを2,3度読み返してから煉はもう一度ネットワークをつなげた。
 すると、予想通りというか何というか。悠莉が噛みつきそうな勢いで騒ぎ立ててきた。
「煉の馬鹿ぁー!! いきなり勝手に遮断するな! 自分勝手にも程があるでしょうが!!」
 自分のことを棚に上げ、悠莉はぎゃんぎゃんやかましく騒いでいた。
「それよりも、お前ちゃんとメール読んだか?」
「ん?」
 悠莉の言葉なんて全く相手にせず、煉は自分勝手に話を進めた。
「2次試験の詳細、もう見たかって聞いてるんだよ」
「2次試験の詳細?」
 まるで初めて聞いたように悠莉は言った。
 煉がしばらく待っていると、悠莉はようやくメールをきちんと最後まで読んだらしく、また一人で勝手に騒ぎ始めた。
「うわぁー気づかなかった! えー、何で詳細メールで教えてくれないの? 変なのぉー」
 煉が放っておいたら、ほぼ確実にURLにアクセスしなかっただろうと容易に想像が出来る。
 そんな悠莉の様子には、もうため息を返すしかないような気がした。
「ほら、さっさと詳細見に行くぞ」
 素っ気なく言う煉の言葉に、悠莉はあれと首を傾げた。
「煉もまだ見てなかったの?」
「ネットワーク遮断してたのに見に行けると思うか? おまけに、繋げたと同時にお前が乱入してきたのに?」
 馬鹿かお前はと言いたげな目で、煉は悠莉を軽く睨み付けた。
「あははーじゃぁ、一緒にアクセスしようかぁー」
 さすがに、いたたまれなくなったのか、悠莉は笑って誤魔化しながら2次試験の詳細URLにアクセスした。
「…………れ?」
 悠莉はもう一度自分のアクセスしたURLを確認した。間違ってはいないようだ。
 だが、表示されたページを見るとやはり首を傾げたくなった。
「ねぇ、煉。なんか変なページ出たよぉ」
 悠莉の言葉に、煉も同意した。
「あぁ。確かに、これは詳細って感じじゃないよな」
 画面に表示されたものは、受験番号を打ち込む欄と「DIVE」と書かれたボタンだけだった。
「……“DIVE”ってことは、ゲームか?」
「ヴァーチャルゲームの中で2次試験の詳細説明されるの?」
 煉の言葉に、悠莉が不思議そうに眉をひそめた。
 この時代、「DIVE」と言えばヴァーチャルゲームを行う際に、自らをネットワークと繋ぎ、そのゲームの世界に全ての意識を飛ばすことだった。
 この「DIVE」を行うことにより、ゲームの世界をまるで現実のように感じることが出来るようになった。
「むしろ、ゲーム自体が2次試験って可能性もあるだろ」
 わざわざゲームの中で2次試験の詳細を説明する意図が分からない。それよりもむしろ、このゲーム自体が2次試験だと考える方が自然だろう。
「……まぁ、考えるよりも“DIVE”しちゃう?」
 言いながら、悠莉はもう受験番号を打ち込んでしまっていた。
「そうだな。考えてたって2次試験の内容がわかるわけじゃないし」
「じゃ、ゲームの中で、ね?」
 悠莉はそう言って微笑んだ。

DIVE

 悠莉が目を開けると、そこには大勢の子供達がいた。
 見たところ、全員受験生のようだった。当然と言えば当然だろう。これは1次試験の合格通知に記されていた「2次試験の詳細」が説明されているはずのページから“DIVE”したゲームなのだから。
「……にしたって、変なゲーム」
 悠莉はもう一度周りを見回した。
 大勢の子供の他には何もなかった。ただの黒い空間だった。こんな場所で一体どんなゲームをさせようと言うのだろう?
 しばらく見回していると、ようやく変化が起きた。
「皆様、お待たせいたしました」
 子供の声。けれど、妙に大人びた言葉だった。
 その場にいた誰もがその声の主を捜した。
 声の主は、悠莉達受験生とは少し離れた場所に立っていた。
「これより、朱星学園二次試験の詳細を説明させていただきます」
 白いワンピースを着た、色の白い少女。小学校中学年程度に見える。色素の薄い髪は、白にも見えるがよく目を凝らしてみると桃色がかっていた。全体的に白い少女なのに、瞳の色だけは濃く、夜の闇に似た色をしている。
「私は、2次試験の監督をさせていただきますプログラム“No-AL”です」
 少女―No-ALはそう言って頭を下げた。
「これから、皆様には本当の『受験戦争』を行ってもらいます」
 一瞬、場内がざわついたがNo-ALは気にも止めず言葉を続けた。
「ルールは簡単です。周りを蹴落として生き残れば合格、負ければ不合格です。どのような手段を使っても構いません。実際の戦争とさほど変わりはありませんが、一つ違いを挙げるとすれば団体ではなく、個人同士で争っていただきます」
 そこまで話し終わると、場内はやけに静かになっていた。
 この2次試験が求めるものがわかったのだろう。
 今の時代、必要なのは周りを蹴落としてでも上に行きたいと思う気持ちと、それを叶える力だと。
「それから……」
 全てを説明し終わったのだと誰もが思っていた頃、No-ALはもう一度口を開いた。
 相変わらず表情を浮かべようとしていなかった。
「これはヴァーチャルゲームですが、こちらの世界で死ぬと現実世界の肉体に高圧電流を流し、殺しますのでご注意ください」
 ざわついたという言葉では済まなかった。
「ざけんなよ!」
 一人の少年が声を張り上げた。
「何で命を懸けてまで受験しなきゃいならないんだよ?! 俺は2次試験なんか受けない!」
 少年は座り込んで「早く現実世界に帰せよ!」とNo-ALに向かって言った。
 No-ALは表情を微動だにさせず「さようなら」と呟いた。
 次の瞬間、少年の身体を電撃が走った。周りから見ても、電気が走ったのがわかるくらいだった。この世のものとは思えない叫びをあげて、少年はその場に倒れて、消えた。
「2次試験の内容を外に漏らされるわけにはいかないんです」
 今まで2次試験の内容が外に漏れなかったのは、漏らす恐れのある者を全て除外していったからなのだろう。生きて現実に帰れるのは学園に受かった者のみ。受かったと言うことは、自分も誰かを殺したと言うこと。望んで行ったことではないにしろ、自らの罪をそう簡単に他人に話せるはずがない。
「他に、2次試験を受けたくないと言う方は?」
 No-ALの言葉に誰一人反応できなかった。
 ここで反応すれば、今目の前で起きたことが同じように自分に起きるのだから。
「いらっしゃらないようなので、2次試験を始めさせていただきます」

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