02.game-play No-ALが発した「GAME
START」の言葉が頭に響いたと思った瞬間、周りの景色は変わってしまった。
「……どこ、ここ?」
周りを見回しても、さっきまでいた大勢の受験生の姿はなかった。ただ青空と木々の緑が見えるだけ。それから、もう一つ。
「……戦争、かぁ……」
右手が握りしめているモノは、冷たくて重かった。ゲームで言う『初期装備』という物だろう。片手に収まるサイズの拳銃が一つ。
No-ALの話を聞いても、あまり実感を持てなかったが、こうして『人を殺す道具』を手にしてみるとようやく多少の実感がわいてくる。
―人を殺さなくては、生きていけない。
「……やだなぁ」
小さく呟いてみたが、状況は何も変わるはずがない。
わざとらしく、大きなため息を一つだけ。それから、悠莉は前を向いていつものようにへらっと笑ってみた。
「とりあえず、みんなを探してこようかな! 一人じゃ不安だし。友達と殺し合いたくないし」
こういう状況で、後ろ向きな考えを始めれば、どこまでも止まらなくなるだろうと思った。だから、多少強引でも良い。無理にでも明るく振る舞わなければ。
そう考え、実行しようとして、一歩踏み出した悠莉の後ろで物音がした。
「え?」
物音の正体が姿を現す前に、悠莉は後ろを振り返った。
全身に緊張が走った。
これは、戦争。
周りを蹴落とさなければ、生き残れない。
もし、これから姿を現すのが人間なら、受験生なら、争わなければいけない。命を懸けて。
「……悠莉?」
風にながれる、栗色の長い髪。何かに怯えている大きな瞳。
姿を現したのはよく見知った人間だった。
「美鈴?」
一緒の高校に行こうと約束した友達の一人。
これから、探しに行こうと思っていた人の一人。
そう思うと、全身の力が急に抜けてしまった。
「よかったぁ。これから、探しに行こうと思ってたんだぁ」
美鈴に歩み寄ろうとしたときだった。
「悠莉も、なの?」
消えそうな呟き。
怯えた瞳。
震える肩。
「……悠莉も……そうやって、私を殺そうとするの?」
「みす、ず?」
美鈴が何を言っているのか、一瞬わからなかった。いや、違う。理解したくなかった。
「栞と同じなんでしょ? 友達の顔をして近づいてきて、油断した隙に殺そうとするんでしょ?!」
叫ぶように言葉を発する美鈴の身体には、よく見れば血が付いていた。美鈴自身の物と、それから……
「栞……は?」
いつも気丈に振る舞っていた友人。
一緒にこの高校に行こうと約束した一人。
「栞が悪いの! 栞が、私を殺そうとするから……だから……」
―だから、殺したの?
その言葉は悠莉の口から発せられることはなく、喉の奥で止まってしまった。
狂ったように美鈴は泣き叫んでいた。
「悠莉もそうなんでしょ?! 私を殺すつもりなんでしょ?! 私を騙すんでしょ?!」
「違っ……美鈴落ち着いて!」
美鈴を落ち着かせようと一歩近づいたと同時に乾いた音が響いた。
「……え」
悠莉の背後にあった樹の枝が一本。吹っ飛んだ。
そして、悠莉の目の前には震えながら拳銃を構える美鈴。
「ち、近づかないで!」
一緒の高校に行こうと約束した友人なのに。
その友人が、拳銃を向けている。
友人が、自分を殺そうとしている。
「待って……美鈴? 嘘、でしょ? ねぇ……」
悠莉の言葉も、今の美鈴には届かない。
「私、まだ死にたくない……死にたくないの、だから、だから、だから……っ!」
これは、戦争。
周りを蹴落とさなければ、生き残れない。
もし、これから姿を現すのが人間なら、受験生なら、争わなければいけない。命を懸けて。
たとえ相手が、友人だとしても。
「美鈴ーーーーーーーーーー!!」
悠莉の叫びが響くと同時に、あの乾いた音がもう一度響いた。
胸から吹き出す血。
友人の血を浴びながら、悠莉は何が起きているのか理解できないでいた。
美鈴は、その場に倒れると同時に光の粒子となって消えた。
「……なん、で?」
今、殺されそうだったのは自分だ。
悠莉の手の中にある拳銃は、まだ何もしていない。
呆然とその場に立ち尽くしていると、声が聞こえた。
「あぁ、なんだ。二人いたのか」
知らない声。知らない人。
妙に神経質そうな少年。そして、右手には拳銃。
「……あなた、が?」
悠莉が最後まで言葉を発さなくても、少年には理解できたらしい。
鼻で笑うように答えた。
「今の奴を殺したのは、俺だ」
―どうして、この人は笑っていられんだろう?
悠莉にはわからなかった。
人を殺して笑っていられる人間の気持ちが。
「な、んで……こんなこと、出来るの?」
奥から沸いてくるこの感情は何だろう?
悠莉の問いに、少年は当たり前のことを聞くなと言いたげだった。
「オマエらを蹴落とせば、俺は合格できるんだ。やって当然だろ」
狂ってる。
人を殺すのが当然だなんて狂ってる。
「そんな簡単に、人を殺すなんて……おかしいよ」
思わず口に出した言葉に対して、少年は馬鹿だなと笑った。
「殺さなきゃ、殺されるんだ。生き残るためには殺すしかないのに、おかしい? おかしいのはオマエの方だ」
笑いながら、少年は悠莉に拳銃を突きつけた。
「大体、俺がさっきの奴を殺さなきゃ、オマエが殺されてたんだぜ? ま、どーせオマエも今すぐ殺されるんだけどな」
生きるためには、誰かを殺さなきゃいけない。
確かに、人間は多くの動物を殺して食べて、生きているけど。
でも、これは……
「じゃぁ、死ね」
目をきつく閉じた。
聞こえるのは、耳障りな狂った笑い声。
その狂った声は、銃声が鳴ると共に聞こえなくなった。
自分が死んだから聞こえなくなったのだと思ったが、どうも違うようだ。目を開けると、血を流して倒れている少年が、消えようとしていた。
また、誰かが殺したのだと今度は理解できた。
「……あたし、変なところで強運なんだ……」
殺されそうになりながら、自分では何もしていないのに助かっている。
他人を蹴落とすことも出来ないのに、生き残っていて良いのだろうかと思う。
でも、それも多分これで終わってくれるはず。
さっきの少年を殺した人が、もうすぐ目の前に現れる。そのとき、きっと終わる。
別に、死にたいと思っているわけでも、殺したいと思うわけでもない。ただ、このまま何もせずに生き残っていちゃいけないと思うだけ。
物音がする方に、悠莉は顔を向けた。覚悟を決めなくてはいけない。
拳銃を握りしめる手に力が入った。
けれど、その覚悟はすぐに崩れ去った。
「大丈夫か、悠莉?」
現実でも、ネットワーク越しにも何度も聞いた声。
忘れるはずがない、いつも見てきたんだから。
「何で、煉、なの?」
よりにもよって、どうしてこの人なのだろう?
このままじゃいけないと思って、拳銃を向けようと覚悟を決めたのに。どうしてその最初の相手が煉なのだろう。
「何でって、お前が殺されそうだったから助けに来てやったのに?」
「…………は?」
しばらく理解が追いつかなかった。
殺さなきゃ生き残れない。生き残るためには殺さなきゃいけない。
「お前は、誰か殺したか?」
そのはずなのに、煉はいつもと同じ調子で接してくれている。
正直、悠莉はその様子に戸惑っていた。
「えっと、まだ殺してはいない、よ?」
美鈴は言っていた。友達の顔をして近づき、油断したところを殺そうとするのだと。
煉も、そうなのだろうかと思ってはいるが、どうにもそうは見えない。
悠莉の言葉に、煉は少し安堵したように見えた。
「じゃぁ、お前はこれからも誰も殺すな。良いな?」
「え、でも……」
これは2次試験。
周りを蹴落として、生き残った者が合格。
周りを蹴落とせなければ、殺される。
殺さなければ、殺される。
「この2次試験は、殺せばいいなんて、そんな簡単なものじゃない気がするんだ」
煉はそう言うけれど、誰も殺さずに最後まで生き残るなんて不可能だろう。周りは全て敵。お互いがお互いを殺そうとしているのに。
「でも、それじゃ殺されるよ? 殺すか殺されるかでしょ?」
その言葉に、煉は悠莉の頭を軽く撫でた。
「お前が殺されそうになったら、俺がそいつを殺す。そうすれば、お前は死なないだろ」
「ダメっ!!」
煉の言葉を理解したと同時に、言葉が勝手に飛び出した。
「あたしの為なんかに、人を殺しちゃダメ! これは試験なんだよ? 自分のためにやらなきゃダメだよ!」
そこまで言ってから、初めて煉の顔を見た。
どうして笑っていられるんだろう?
「もう、お前のために一人殺したんだ。これから何人殺しても、大して変わらないさ。それに」
この状況で笑っていられるのは、強さからだろうか?
「俺が選んだことだ。端から見れば自分の為じゃないかもしれないけど、俺から見れば俺のためだ」
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