03.game-set

 どこまでも黒が続く空間。
 そこに浮かぶ巨大な画面と、それを監視する白い少女。
「……受験番号4392、煉・イケウチは気付いたようですね」
 確信を持ってはいないが、ほぼ正確な予測は立てているようだった。
「学力検査をトップで抜けただけはありますね」
 白い少女は相変わらず表情を浮かべていなかった。
「そのことに気付いたのなら、当然わかっているんでしょうね。このままでは得たい物は手に出来ない、と」
―さぁ、どうやって手に入れる?

 もう何人目になるのだろう。
 悠莉の目の前で、また一人消えた。
「行くぞ、悠莉」
 そう言って手を引く煉も、引かれている悠莉も、返り血で真っ赤になっていた。
 どこに行くというのだろう?
 ただ目的もなく歩いているだけなのだろうか。
 ただ、殺すための誰かを捜して歩いているだけなのだろうか。
「煉は……他の誰かを殺してまで、生きたい?」
 繋いだ手を通じて感じる温かさ。でも、これは偽り。ヴァーチャルゲームの中の温かさ。この偽りの温かさを信じて良いのか、ふいに不安になった。
「……悠莉は」
 悠莉の問いに対する答えはなく、それとは別の言葉が出てきた。
「悠莉は、最後まで俺のこと信じれるか?」
 どういう意味だろうと思うよりも早く、言葉が勝手に出てくる。
「信じてるよ。ずっと」
 煉が何を聞きたいのか、悠莉にはよくわからなかった。
 この問いが、どういう意味を持つのかまだよくわからなかった。
「何があっても、俺は悠莉のこと信じてるから」
 この言葉の意味を深く考えようとしなかった。
 それから、二人は一言の会話もなく歩き続けた。
 お互いにそれ以上の言葉を交わすことが出来なかったから。
 はぐらかされた問いを、もう一度問うても答えが返ってこないことはわかっている。それ以上言おうとしないことを訊ねても何も言わないこともわかっている。
 お互いのことは、よくわかっていた。
 だからこそ、わからないことが歯痒い。
 どうして、そんな簡単に人を殺せるのかわからない。
 人が殺される場面を見ているだけで辛い悠莉には、自分が誰かを殺すなんてことは耐えられそうにもなかった。
 自分が生きるために、何人も人間を殺すなんて出来なかった。
 けれど、誰も殺さずに全員が無事に生き残れる方法なんて浮かばない。
 終わらない考えを巡らせていると、どこかから音が響いた。
「え?」
 それが銃声だと気付くより先に、左腕に痛みが走った。
 血が噴き出すのを見て、自分が撃たれたことに気付いた。
「……くそっ!」
 弾の飛んできた方向に向かって数発打ち込んでから、煉は悠莉を庇いながら近くの樹の影に隠れた。
「悠莉、大丈夫か?」
「ん。大丈夫だよ」
 傷の具合、出血量から見ても、おそらく命に別状はないだろう。
「痛みは?」
 ヴァーチャルゲーム。全てが現実と同じように感じられるのなら、傷も当然痛むに決まっている。
 それでも、悠莉は笑っていた。
「これくらい平気平気」
 死なないのだから、ゲームオーバーにされるわけではない。けれど、この痛みを引きずって続けるのは相当無茶がある。
「しばらくの間、ここに隠れて待ってろ」
 悠莉の反応も待たずに、煉は樹の影から飛び出した。
 それと同時に、銃声が響く。
 しばらくして銃声は止んだが、それでも煉は帰ってこなかった。
 悠莉の中に一つ考えが浮かんで消えた。消えたというよりも、無理矢理消したという方が正しい。けれど、無理矢理消したその考えはおそらく正しい。
 どこか遠くで銃声が響いている。
 自分も受験生の一人なのに、その銃声がまるで他人事のように感じられる。
「……みんなを、無理矢理誘うなんて間違ってたのかなぁ」
 一人で朱星に行くのが怖くて、みんなと同じ学校に行きたいというわがままで、無理矢理誘った結果がこれ。2次試験で殺し合い。
 誘わなければ、友達が死ぬことなんてなかったのに。
「あたし、ホントにばかだなぁ……」
 自嘲気味に笑ってみても、何も変わりはしない。
 なくしてしまった物が返ってくるなんてあり得ない。
 どれだけ後悔しても、戻らない。
「……お母さんを喜ばせてあげたくて、みんなと一緒にいたかっただけなんだけどな……」
 たった一人の家族を、喜ばせたかっただけなのに。母親が朱星の制服姿を楽しみにしているから、頑張ろうと思ったのに。望みを叶えてあげたかっただけなのに。
「こんなところに隠れてたのか」
 知らない子の声。
 声の方に目を向けてみると、笑っている顔が見えた。
 銃口が鈍く光っていた。
 殺されるんだとわかったけれど、恐怖も何もなかった。
 悠莉は静かに目を閉じた。
 銃声が響いた。
 響いたけれども、やはり痛みも何もなかった。
「……ホントに、強運だなぁ……」
 目の前に立っていた子は、倒れて消えた。
 悠莉は弾の飛んできた方を向いて微笑んだ。
「ごめん、煉。嘘、つきそうになっちゃった」
 信じると言ったのに、危うく疑いそうになっていた。
 悠莉の視線の先に立つ煉は、わけがわからず眉をひそめた。
「嘘、って何のことだよ?」
「んー。何でもない」
 しばらくの間待っていろと言われたのに、待つのに疲れて、もう帰ってこないと思いかけていた。
「それよりも、煉どこに行ってたの? 随分遅かったけど」
「片づけてきた」
 何を、と聞かなくてもわかる。
 怪我をした悠莉を連れて動くのがきついと感じて、受験生をあらかた片づけてきたのだろう。
「でもさぁ、残り何人になったらこの試験終わるんだろうねぇ」
 随分受験生は減ったはずなのに、未だに試験は終わろうとしない。
 悠莉が何気なく発した疑問は、悠莉の思いもしなかった答えを持ち帰ってきた。
「最期の一人になるまで終わらない」
「……煉?」
 煉の顔から表情が消えていた。
「え、嘘でしょ? だって、最期の一人までだったら、あたしも殺さなきゃ煉は合格できない……」
 冗談にしたって、ひどい話だ。あり得ない。
 そんなことを考えたけれど、悠莉にはわかっていた。
 煉がこんな冗談を言うはずがないことを。
 どうして知っているのかはわからないけれど、これは真実。
 わかってはいるけれど、納得は出来なかった。
「じゃぁ、煉はどうしてあたしを今まで殺さなかったの?! わかんないよ!」
 泣きそうになりながら声を張り上げると、煉は優しく頭を撫でてくれた。
「言ったよな。何があっても、俺は悠莉のこと信じてるって」
 だから何?
 煉が何を伝えたいのかわからなかった。
「あたしも、煉のこと信じてるよ。だから……」
 何を伝えたいのかはわからない。でも、何をしようとしているのかは何となく。
「だか、ら……お願い……」
 悠莉の言葉を遮るように銃声が響いた。
 背後から人の倒れる音が聞こえた。そして、目の前には拳銃を構えている煉。
「……これで、残りは俺達だけだ」
「何で?! まだ、どこかにいるかもしれないよ? だから、あたし達だけなんて言わないでよ!」
 わかってる。
 煉は、何かを知っているのだということも。
 確実に、受験生は煉と悠莉しか残ってないことも。
「他にも、誰か残ってるから……だから……」
 すがりつくように泣くことしか出来ない。
 他に出来ることがない。
 わかっているからこそ、すがりついて、泣いて、願うことしか出来ない。
「お願いだから……」
 ただ望むことしか出来ない。
 これから、煉が何をしようとしているのかわかっているから。
「ごめんな。悠莉」
「やだ! 謝らないで! 悪いのはあたしなんだよ? あたしが朱星にみんなを誘わなければ、こんなことにならなかったんだから!」
 これ以上、誰も死なせたくなかった。
 もしも、この願いが叶うのなら何だってしようと思う。何だって……
「お前、一人でも朱星受ける気だったんだろ?」
 相変わらず、その質問は唐突で。
 その質問がどういう意味を持っているのかわからないけれど、悠莉は小さく頷いた。
「お前が朱星を受けるんなら、誘われなくても俺も受けただろうから、何も変わらなかったんだよ」
 わからない。
 どうしてなのか、わからない。
「なん、で?」
 そう聞けば、煉は笑顔で答えてくれる。
「お前を一人にしたら、危なっかしくて見てられないんだよ」
 そう思うんなら、そう思うなら、ねぇ
 言いたいのに、言葉が出てこなかった。
 ゆっくりと拳銃を構える煉は、笑っていた。
「俺は、何があっても悠莉のこと信じてるから」
 信じなくて良い。信じなくて良いから、だから、お願い。
「……やだ」
 お願いだから、その引き金を引かないで。
「煉、お願い! だめぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 銃声が響くと同時に、目の前が真っ暗になった。

 

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