不必要なほどに重い造りの扉を叩く。何度となく繰り返してきた行為だが、未だに緊張が走る。深く息を吸い込むとわずかに震える声で「私です。少々お時間よろしいでしょうか」と問いかけた。
 返事はなかったが、その代わりに扉が小さくカチャリと音を立てた。これは「入って良い」という了承の合図。鍵の開けられた執務室に入ると、書類に目を通しながら「何かあったか?」と尋ねられる。たった一言であるにも関わらず、電撃でも走ったような感覚に襲われる。
「……はい。いち早く王様のお耳にお届けしたく思いまして……」
 そこまで聞くと、彼――国王は書類から視線を上げ、続きを促した。
 国の最高権力者を前にして緊張しない者がいるのだろうか。そんなことが一瞬頭をよぎった。
「実は先ほど、城下にて勇者の剣を抜いた者が現れたとの報告が……」
 言葉を切るつもりはなかった。つもりはなかったが、思わず言葉を飲み込んでしまった。続きを紡げなくなったが、それと同時に頭の中に先の疑問がもう一度よぎった。
 滅多なことでは感情を表に出さない最高権力者が、一瞬だが、はっきりと瞳に感情を表していた。
「……そうか。それで、その勇者は?」
 一瞬見えた表情は喜びではなかった。驚きに近い、けれど何か違う強い感情。
 今はもう見えないその感情を思い出しながら、王の問いに返す言葉を探した。
「報告に寄りますと、現れた勇者が幼い少女であったため、挑戦者の一人が納得出来ずに勝負を挑んだそうです」
「その勝負はどうなったんだ?」
 手元の書類に視線を落としている王の瞳にはもう感情と言った物が見えなかった。そこにいるのは淡々としたいつもの国王の姿だった。
「勝負は一時間後に行われるとのことで、結果はまだ……」
 報告を終えると、国王は一言「わかった」とだけ言った。
 執務室をあとにし、長い廊下を歩いているとき、もう一度だけあの考えが頭をよぎった。
 滅多に感情を出さない王に、一瞬でも感情を思い出させた勇者なら、彼の前でも緊張せずにものを言えるのではないだろうか。
 我ながらくだらない考えだなと小さく笑った。

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