「さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁって! 皆様大変長らくお待たせいたしましたーッ! 一時間前から場所取りしてた人ご苦労様! 今通りかかって何だろうと寄ってきた人おめでとう! ただいまより勇者の剣を抜いた可憐な少女バーサス筋骨隆々な大男の世紀の対決を開始いたしまーすッ!」 相変わらずノリノリな進行役とは対照的に、マリュは肩を落としたまま数える気も失せるほどのため息をついていた。 一応手に木剣を握ってはいるが、覇気というものが微塵も感じられない。 「……マリュさん?」 側に控えていたナリアがそっと顔を覗き込んでくれた。心配をかけるわけにはいかないなと思い、マリュは小さく笑い返したが、笑顔に力はなかった。 「緊張、なさってるんですか?」 「そ、だね。それもあるかな……」 一時間でどれだけ噂が広がったのか、ただでさえ目眩のするほどの人だかりだったのに、それが数倍にふくれあがっていた。後ろの方なんて何も見えないんじゃないかと思うほどだった。 「? 緊張だけじゃないんですか?」 意外だったらしく、ナリアは少し目を見開いた。 おそらくナリアにはマリュの心境はわからないだろう。マリュには剣を抜くつもりがなかったことを知らないのだから。こんな乗り気でない勇者よりも、鉄パイプの人のように強くやる気のある人が勇者になった方が良いのではないだろうかとも思う。 ぐるぐると自分の中で渦を巻いているものを上手く言葉に出来ず、マリュは小さく「だって、私なんて勇者に向いてないもん」とだけ呟いた。 事実、勇者の剣を引き抜いたと言う一点以外は、とても勇者になんか向いていなかった。細く力のない腕、魔力なんて持ち合わせていない身体、一般の十三歳の平均かそれより少し劣る程度の頭。そして、その性格。どこを見ても勇者になんか向いていなかった。 俯いたまま沈んでいくマリュの手を、ナリアはそっと握った。 驚いたように顔を上げると、静かに目を閉じているナリアが目に入った。 「たとえ周囲の声が貴方を勇者じゃないと言っても……それでも私は勇者は貴方以外いないと思います」 自分の胸元についていた小さなメダルのようなバッジを外し、マリュの胸元につけた。 「お守りです。マリュさんが緊張に負けず、自信を持てますように」 不思議だった。 今日会ったばかりなのに。出会って一時間も経ってないような関係なのに。どうしてナリアはマリュにここまでしてくれるのだろうか。 感じた疑問を口にして良いのか悩んでいると、そんなマリュの様子を見たナリアが小さく笑った。 マリュの考えがわかっているのか、それともただ思ったことを口に出しただけなのか。 「私はマリュさんを信じてます。ただ、それだけです」 どちらの理由だったとしても、ずるいなと思う。 こんな自分を信じていると言ってくれる人がいるのに。それを簡単に裏切るなんて出来なかった。 マリュのそんな気持ちを知っているのだったら、本当にずるいと思う。知らなかったとしても、ずるいと思う。 思わず小さく声に出して笑うと、ナリアが驚いたようにまばたきをした。そんなナリアを見ると、本当にずるいと思った。 「どうなるかわかんないけど、頑張ってみるね」 笑顔で木剣を握りなおすマリュに、やんわりと微笑んだナリアは「はい」と小さく返した。 握り直しはしたが、どうも手にしっくりと来ない。そもそも握るのは今日が初めてなのにしっくりも何もあるのだろうか。しばらく考えていたが、大人しく両手で握ることにした。片手で振り回すには重いことに気付いたらしい。 構えのようなものをしたマリュを見、鉄パイプの人は進行役を目で促した。 「どうやら両者準備が出来たようですっ! さぁ、勝つのは剣を抜いた可憐な勇者マリュ=グラウニーか! それともやはり無駄に筋肉ムキムキマッスルな鉄パイプの人か! ご観覧の皆様、準備はよろしいですかーっ!」 無駄にノリノリで長い前ふりを叫ぶ声も、周囲から集まる視線も、ざわめきも、何もかもがマリュの意識に入ってこなかった。ただ対峙している相手だけを意識していた。音のない世界で、マリュはただ相手が動き出すのを待っていた。 一際大きな「試合開始っ!」の声と同時に動き出す男の姿以外、何も見えていなかった。 あの身体からは想像の出来ない速さで男はマリュに襲いかかった。振り上げる木剣に、周囲は結末のあっけなさにため息を漏らしていた。 周囲の予想を大きく上回る音と力で、男は地面をたたき割った。が、そこにマリュの姿はなかった。 観客が状況を把握するよりも先に、「てぇぇいっ!」と言うソプラノが響き、その少しあとに男がその場に崩れ落ちた。 誰もが呆気にとられ、沈黙にとらわれていると、崩れ落ちた男の懐から困ったような表情を浮かべたマリュが顔を出した。 「え、えっと……」 誰よりも一番状況を理解出来ていない顔をしたまま、ナリアに視線で助けを求めた。全くもって頼りない勇者だ。 視線を向けられたナリアは笑顔で手を振り返すと、その笑顔のまま進行役に目をやった。視線に気付くと特等席で全てを見ていた彼が慌てて説明に入った。 「いっやぁーすごかったですねー! 驚くべきスピードで迫る巨体! しかし大きく振りかぶった瞬間ッ! 隙をついて懐に入り、みぞおちに全力の一発! 体格差を上手く使い、可憐な少女マリュ=グラウニーの勝利です! さっすが勇者!」 一人ノリノリで解説を終え、ここはやっぱり勝利者インタビューと思ったが、我に返るとマリュの姿が消えていた。 渋々敗者である鉄パイプの人に向き直ると、彼は一言こう言った。 「勇者なら、そこにいた嬢ちゃんに連れられてどっか行っちまったよ。アンタが一人で叫んでる間に」 仕事を全うしているにも関わらず、進行役としての扱いは散々だった。 |