城の中を全力で駆け回る姿が一つあった。そのあとを必死に追う姿がいくつかあったが、残念なことに追いつける者は一人としていなかった。 隅から隅まで城内を駆け回ると、やがて力なくその場にへたり込んだ。その姿に「ようやく追いつける」と思った者達が息を切らせながら声をかけた。それは一時間ほど駆け回ったあとのことである。 「将軍……一体どうなさったんですか……」 青ざめた顔のまま動かないナリアは、ただ無言のまま俯いていた。 滅多なことで揺るがないラベンダーの瞳には、不安や絶望と言った感情が渦巻いていた。 「……です」 「は?」 無言だと思っていたが、よく耳をすませてみると小さく何かを呟いていた。それこそ呪いの言葉のようにぶつぶつと。 「こんなことになるだなんて一体誰が予想出来たでしょうか。いいえ、あの方の考えは誰にも予想出来るものではないと思いますが。だからと言って私は責任を逃れようとしているわけではありません。この責任は確かに私にあります。私がもっと注意していればこんなことにはならなかったのですから。私がもっとしっかりしていれば何も問題はなったはずなのです」 「あの、将軍?」 放っておけば延々と独り言を呟いていそうな我らが将軍に恐る恐る声をかけ直した。下手に声をかければ呪われそうな雰囲気を纏っていたが、放っておくことはできなかった。 「一体何が……」 「え?」 その声でようやく我に返ったナリアはわずかに首を傾げて声の主――軍師の顔を見上げた。その途端将軍の顔が喜びに満ちた。 「ちょうど良いところに!」 孫娘とさほど年齢の変わらない将軍に詰め寄られ、軍師は一瞬驚きの色を見せた。けれどナリアにはそんなことを気にする余裕もなかった。 「責任を取るために数日ほど休暇を取ります。その間の仕事は全て任せます」 それだけ言い残しまた駆け出そうとしたナリアの腕をひっつかんで、軍師はそれを阻止した。 「今日はこれから士官学校の試験が行われます。試験問題は将軍が保管してるのですよ。それから、休暇を取る場合は休暇届を出してください」 走り出した将軍に追いつける者がこの軍には一人として存在しない。軍師がここで手を放せば確実に将軍を逃がすことになるだろう。今の彼は瀬戸際に立たされていた。 「ですが、今は一刻を争う……」 「こちらも一刻を争う状況です。もうすぐ試験開始ですよ。学生に試験を受けさせないおつもりですか」 未来ある若者達をどん底に突き落とすおつもりですかと脅しながら、軍師は将軍を引っぱっていった。 「試験問題でしたら私の机の引き出しに……鍵を渡しますから、放して……」 ポケットから鍵を取り出し、必死に解放を求めていた。けども軍師は呆れにも似たため息を漏らしながらはっきりと返した。 「十三歳ですから、たまには年相応のことをしていただくとこちらも安心出来ますが……時と場合を選んでください。今はわがままを言うべき時ではないとおわかりでしょう?」 髭を揺らしながら諭す軍師の頭はもう白くなっていたが、力は少女に負けるほどではなかった。もしも軍師の力が将軍よりも劣っていたら、すぐに国王を連れ帰れたのだが。そのことを知るのは将軍唯一人だった。 王が不在であると城内に広がるのは、これから一時間ほど後のこと。将軍が通常業務に戻った頃だった。 |