真っ青な空の下、泣きそうな声が響いた。
「ですからあのとき放してと言ったじゃないですか!」
 ナリアは軍師の襟首に今にも掴みかかる勢いだった。一歩のところで踏みとどまれたのは将軍としてのプライドだろうか。
 今し方、軍師は将軍に報告したばかりだった。
 国王が姿を消し、城内が騒然としていることを。
 それだけの報告に対し「あのとき」のことなどを引き合いに出されてもわけがわからない。
「将軍……とりあえず落ち着いてください」
 孫娘をあやすようにして。今にも泣きそうな将軍を落ち着かせると、軍師は改めて将軍の話に耳を傾けた。
「王様が勇者様と魔王討伐に赴いてしまわれたようなので、お迎えに上がろうと……」
「仕事は全てやっておきますから、今すぐ行ってください」
 ナリアの言葉が終わる前に、軍師ははっきりと言ってのけた。
「え。ですが、行こうとした私を止めたのは……」
 王を城に連れ戻そうとしていたナリアを止めたのは、間違いなく目の前の軍師だった。止めておきながら行けと言うのはおかしな話ではないだろうか。
「私だって、将軍が事情を説明してくださっていれば止めませんでした」
 唐突に仕事を全て押しつけられ、ろくな説明もなければ止めて当然だとは軍師の主張。
 この場合正しいのは間違いなく軍師の方だった。
「……確かに説明を怠った私に非はあります」
 目を伏せ、沈んだ声でゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ですが私の失態が招いた事態ですからとても落ち着いていられる状態ではなく、ましてや一国の王が行方をくらませたなどと国民に知られてしまった日にはクーデターが起こりかねないのではと思い気が気でなく、そもそも危険を冒してまで魔王討伐に赴くにはそれなりの理由があるのではと考えると唯一理由として考えられそうなのが……」
 ゆっくりと紡ぎ始めたはずだった。しかし、気が付くと言葉は聞き取れるような速さではなくなっていた。
 付き合いの長い軍師も、ここまで取り乱している将軍を見るのは初めてだった。もっともそんなことを考えてる場合ではないのだが。
「わかりました。私も悪かったです。ですから早く行ってきてください」
 問答無用とでも言いたげに、将軍を部屋からつまみ出した。
「将軍の足でしたら王様が魔王の元へ着く前に会えますね。お気を付けて行ってきてください」
 騒ぎの収まらない城からようやく将軍が飛び出した。それは国王と勇者が城下を後にしてから何時間も経ってからのことだった。

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