空は青く晴れ晴れとしていたが、彼女の機嫌は空とは正反対だった。
「……で? まだなの?」
 珍しく機嫌良さそうに玉座に座っていたが、やはり時間が経つにつれて表情が曇っていった。そして現在。いつにも増して虫の居所が悪そうな表情で側近の男に言葉を投げかけた。
「まだ、とは何のことでしょうか」
 唐突に投げかけられた言葉にさえ律儀に答える。けれど、その答えを魔王がお気に召すかどうかは別だった。冷たい灰色の瞳が睨み付けた。
「アンタ馬鹿じゃないの? アタシが聞くんだから答えは一つに決まってんでしょ。勇者よ。勇者はいつ来るの?」
 察すれと言う方が無茶に近い。続けて「そんなでよくここまでのし上がって来れたわね。よっぽど周りが無能だったんじゃない?」などと暴言を吐き散らした。傍若無人にもほどがある。
 それでも男は恭しく頭を下げる。
「申し訳ございません。ですが、勇者が今どこにいるのかさえわからないので、いつこちらに到着するかはとてもとても……」
 抑揚のないその声は何度聞いても気に入らなかった。
 冷たく刺すような視線を浴びせながら、小さくけれどはっきりと吐き捨てた。
「役立たず」
 上司の暴言なんてまるで聞こえていないかのように。男は表情のない顔で傍らに立ち続けていた。その澄ました顔も気に入らなかった。もしもライラの一存で全て決められるのならば間違いなくこの側近は解雇にされていた。
「その耳は飾り? それとも聞こえてるのに反応しないだけ? もし飾りなら無駄だから捨てなさい。無視してんなら失せて」
 一息で吐き捨てるともう興味を失ったらしい。脇に置かれていた本を手に取り、視線をそちらに移した。
 ライラの意識が本に向かってから数分と経たずに、その場から動かなかった側近は口を開いた。当然ながら耳も付いたままである。
「勇者の居場所が知りたいのでしたら、そう言った道具を作らせましょうか?」
 魔王の配下となった者は、当然ながら腕に自信のある者ばかりだ。自信があるだけではなく、実力も伴っている。単純に力押しが得意な者も当然いる。しかし、頭が切れる者や魔術に特化した者など多種多様に揃っている。その中には術のかかった道具を作ることを得意とする者も配下に存在する。
 そういった者に作らせようと言うのだ。
「出来るならさっさとやりなさいよ! 何でもっと早く言わないの!」
 読みかけの本を男に投げつけながら叫んだ。男はやはり本を難なく避けていた。避けながら大したことではないように「言われませんでしたので」とだけ言った。
 その言い方、態度、一つ一つがいちいち気に入らない。
 だから、玉座の側にあったサイドテーブルを力一杯投げつけてやった。
「ぐだぐだ言わずにさっさとやれーーーーーーーー!」
 一般人には頭が痛くなる値段のサイドテーブルは、派手な音を立てて砕けた。その際床に出来た傷と破片の処理は誰に押しつけられるのだろうか。そんなことを気にするでもなく、男は「わかりました。おそらく一両日中には出来上がると思います」と頭を下げ、ライラの元を後にした。
 残念ながらライラの「今日中に作れ!」との命令は耳に届かなかった。

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