連れてこられた場所は魔王『城』と呼ぶには少し小さすぎた。せいぜい魔王『屋敷』程度のものだった。天井は高く、中も広いのだが、どうしても自国の城と比べてしまう。
 魔王城の廊下を導かれながら、マリュは周りを見回した。外観もそうだったが、全体的に色遣いが暗い。たしかに魔王城らしい造りではある。けれど、だからこそ余計に妙な感じがしてしまう。
「……あの、これってどういう事なんですか?」
 内装を指さし、少し前を歩く魔物に尋ねた。けれど返事の変わりに冷たい視線が返ってきた。
 マリュは申し訳なさそうに肩を縮めた。さすがにこんな魔物の本拠地で軽々しく質問するのは許されないらしい。
「ったく。どういう事かなんてこっちが聞きたいよ」
 翼の生えた背中から小さなぼやきが聞こえた。
 マリュは、魔物もぼやきたくなる不思議な内装をもう一度見た。全体的に暗い雰囲気の漂う魔王城。そこに何故か色とりどりの花が飾られていた。花がもう少し落ち着いた色であれば違和感はなかったかもしれない。けれど、飾られている花はどれも色鮮やかなものだった。魔王城にあるべきものではない。
 少し目を閉じて、脳裏に焼き付いた魔王城の外観を思い出した。何故か明るい色の照明で照らされた輝く看板。そこには『ようこそ! マリュ=グラウニー様』と書かれていた。マリュをここまで連れてきた魔物はだらしなく口を開けて呆然としていたくらいだった。
 いくらマリュでも首を傾げたくなる。
 勇者は魔王を倒す存在。魔物に害をなす存在。それなのに魔王城には『歓迎』と書かれた看板が掲げられていた。
 意図が全く見えなかった。
「ほら。着いたぞ」
 前を歩いていた魔物の声でマリュは顔を上げた。そこには立ちふさがると言うほどではないが、大きな扉があった。
「ここで魔王様はお待ちだ。さっさと入れ!」
「あ、はいっ!」
 慌てて開けようと扉に手をかけたが、何を思ったかそのまま動きを止めてしまった。そんなマリュの行動を魔物は訝しく思った。
「貴方の名前。聞いてないよね? 聞いても良い?」
 魔物に向き直ったマリュは笑顔で問いかけた。唐突で、理由のわからない問いかけに面食らったが、すぐに体裁を取り繕った。わざとらしく咳払いをすると顔を背けた。
「ティーガ、だ」
 虫の鳴くような声でそれだけ言った。
 マリュにはそれだけで十分だったらしい。満面の笑みを浮かべると手に力を込め扉を開けた。大げさな音を立てながら扉が開く。
「ここまで連れてきてくれてありがとうティーガさん」
 手を振りながら言い残すと、マリュは魔王の待つ部屋へと足を踏み入れた。
 閉じた扉を見ながら、変な勇者だとティーガは心底思った。

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