目の前の男をやはり好きにはなれなかった。
 自分を押し殺すように振る舞ってきた男の姿は、見ていて腹立たしかった。腹の中で何を考えているかわからない。態度の一つ一つがライラの気持ちを逆なでしていた。
 その男が目の前で笑っていた。笑っていても、やはり好きになれそうもなかった。
「まったく……魔王様は役に立ちませんね」
 睨み付けても動じない。物を投げても当たらない。怒鳴り散らしても、離れようとしない。そして初めて見た笑顔は、人を小馬鹿にしたようなもの。
 この好きになれない側近に吐き捨てた。
「入るなと言ったでしょ。言葉も通じないほど馬鹿なわけ?」
 ライラは横目でマリュが国王に腕を引かれ出ていくのを確認した。国王に腕を退かれと言うのは気にくわないが、マリュの安全はこれで確保された。わずかに安堵の息を吐くと、改めて男を睨み付けた。
「どうせここが崩れてるのもアンタの仕業なんでしょうけど。このままだとアンタも潰れるわよ?」
 どれだけ追いつめられようとも、弱さを見せない。それは幼いながらも魔王の血だろうか。この状況でも、ライラは挑戦的に笑ってみせた。
「ご心配なく。結界を張ってありますから、この周囲に瓦礫が落ちてくることはありません」
 二人の頭上数メートルの位置で瓦礫が砕けていく。おそらく瓦礫が結界に当たったのだろう。
 どうやら目的はライラに危害を加えることではないようだ。
「貴方は役に立ちませんが、仮にも魔王様です。危害を加えたりはしません」
 苛立ちを通り越して呆れすら芽生えてくる。どうしてこうまでしてライラを魔王に置いておきたいのか。
「そんなに魔王が大事ならアンタがなれば? アタシは好きで魔王になったわけじゃないし。欲しいなら魔王の座くらい押しつけてやるわよ」
 魔王としては許されない発言かもしれない。けれど、ライラにとって魔王の座なんかどうだってよかった。可能ならば今すぐ放り投げてしまいたいくらいに。
「そう言うわけには参りません。貴方が上に立ってくださらないと誰も付いてきませんので。前魔王の子と言う肩書きは大きいんですよ」
 そんなことも知らないのかと言いたげに男は笑う。その発言、表情、仕草。なにを取っても気に入らない。
 けれどどこが一番気にくわないか。それはライラを『魔王の子』という手駒程度にしか見ていないところだった。
「貴方にはこのまま魔王を続けていただきます。ただし、真の魔王は私だ」
「……アタシを魔王として立てておきながら、裏で全ての実権を握るつもり?」
 ライラの言葉に「そうです」と笑った。いちいち腹の立つ男だと思う。そんなに実権が欲しければ勝手にすれば良い。ライラには一切関係ないことだった。
 灰色の瞳に宿る光は微塵も揺るがない。
「でも。アンタの言うことなんか聞くつもりないわよ。そんなことも気付かないの?」
 魔王の座が欲しければ押しつける。けれど、魔王の座に着きながら実権を譲るなんて事はしない。こんな男の手駒になるのは絶対に嫌だ。
 天井の崩れていく音がうるさい。
「貴方がわがままなのはもう十分知ってますよ」
 崩壊の音にかき消されそうな声だった。けれど、その笑い声は嫌と言うほど良く響いた。

 その日、フェイラ王国北部に存在していた魔王城は瓦礫の山と化した。

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