父親が魔王だと知る以前。父は仕事が忙しいと言って、姿を消した。母は父の仕事を手伝うと言って、父と出ていった。そのときに言われた言葉。
「出来るだけ帰ってこれるように頑張るから、お留守番お願いね?」
 ライラはしっかり者だもんねと母が笑った。
 下に弟がいるから弱音は吐けなかった。泣きそうな弟に「男の子でしょ」と言い聞かせ、自分には「お姉ちゃんだから」と言い聞かせ、二人の帰りを待っていた。
 出来るだけ耳は隠すように生活していた。周囲とは形が違うから。仲間はずれにされても構わない。元々輪に入る気がなかったから。けれど物を投げられるのは痛いから嫌だった。だから耳を見られないように隠していた。それでも大きな耳は隠しきれず、何度も物を投げられた。
 たまには帰ってくると言った両親は一向に帰ってこない。
 寂しい。悲しい。つらい。苦しい。感情が交ざってよくわからなくなってしまった。
 目深に帽子をかぶり、耳と表情を隠した。家の中で俯くと弟に見つかるから。村の外れにある木の下まで駆けていった。誰も来ないそこで、膝を抱えて俯く。上を向いているのがつらくなった時はいつもそうやってきた。
「泣いてるの?」
 突然降ってきた声に驚いて顔を上げると知らない少女がいた。同じ年頃の、笑顔を浮かべた春色の少女。
 彼女は手を差し伸べてくれた。笑いかけてくれた。声をかけてくれた。物を投げないでくれた。耳の違いを気にしないでくれた。隣に、いてくれた。
 名前は、マリュと言った。
 マリュの両親も仕事で帰ってこないのだと言った。そして「おそろいだね」と笑った。
 ライラにとって苦にしかならないことを、マリュは笑った。
 その笑顔が春のようだと思った。春色を纏っているだけではなく、雰囲気も、全てが春のようだった。自分は冬のようだと昔から思っていたけれど。マリュはライラにとって春だった。
 冬が春と出会って、雪が溶けるように、ライラの心の中で何かが溶けた。
 ライラはマリュを強い子だと思った。その強さが羨ましかった。その強さが愛しかった。強くて、優しい。
 ライラにとって彼女は憧れだった。
 その優しさゆえに危なっかしいところもあった。けれど、そこは自分が守ればいいと思っていた。強く優しく純粋。憧れであると同時に、守りたい存在。
 ずっと守っていくと思ったのに、終わりは呆気なくやってきた。
 ある日突然報せが入った。両親の死。帰ってくると言っていた両親は嘘つきになった。
 現実味のない言葉に泣くことも出来ず、姉弟はただただ呆然とするだけだった。現実味はなかったが、これは現実。両親の死により、二人はこの村を去らなくてはいけなくなった。
「ライラ、ひっこしちゃうの?」
 両親の死は伝えず、村を去ることだけを伝えた。おそらく死を伝えたらライラの代わりに泣いてくれるだろうから。泣かせたくなくて、言えなかった。
 寂しそうに俯くマリュに、ライラは小指を差し出した。
「やくそく!」
 指を絡めて二人は誓った。
 絶対にいつかまた会おうと。
 そのときまでに、マリュを守れるくらい強くなろうと。口には出さなかったが、心の底ではっきりと誓った。
 大切な幼なじみで、大切な親友と別れた後。ライラ達は国の北へと連れてこられた。そこには多くの魔物達が集まっていた。
 そこで初めて、父が魔王だったと聞かされた。
 勇者に殺されたと聞いても、復讐しようとは考えなかった。ライラ自身不思議なくらい冷静だった。その代わり、弟が大変だった。勇者を殺すと叫び暴れ、魔物達に抑えられていた。
 いまはまだ時期ではないのだと。
 魔王ですら敵わなかった勇者相手に、幼い少年が勝てるはずなかった。魔王の配下にしてみてもそうだ。敗北しぼろぼろになっている今、志気すら沸いてこない。そんな状態で乗り込めるわけがなかった。
 今はひたすらに耐える時期だった。
 その間、ライラはひたすらに魔王としての教育を受け、次期魔王として扱われた。弟は魔王になるには心が弱すぎた。直情的すぎた。
 ライラは魔王になるつもりはなかった。けれど学ぶ姿は熱心だった。その気持ちは『強くなりたい』という一心からだった。魔王になるためではない。マリュと再会するために強くなろうと必死だっただけだ。
 その熱心さゆえに、ライラは魔物達に『魔王』と呼ばれるようになった。

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