続きです

 

 見つけられる自信はなかった。
 多分、見ちゃいけない物を見たらしいのだから自分から逃げ出したのだろうと言うことはわかっている。
 それはつまり、自分に見つからないどこかに行ったのだろう。
「……ただでさえ探すの大変なのに……一体どうすんだよ……」
 ため息混じりに呟いた。
 はっきり言ってやる気をなくしてしまう話である。
 そんなとき、ふと話し声が聞こえた。
 顔を上げると学校帰りらしくどこかの制服を着たお姉さんがベンチに腰掛けていた。
 誰かのお見舞いか、はたまた中庭に遊びに来たのか。
 言い忘れたが、この病院の中庭は誰でも入れるようになっており、病院に用がない人も中庭にいたりする。
 それはいいとしよう。
 問題はそのお姉さんの膝の上にいる猫だった。
 その猫は黒かった。
「見つけたーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 慌ててその猫に駆け寄った。
 猫とお姉さんはいきなりの大声と、知らない少年に驚いていたが裕太にとってそれはどうでもよかった。
「お姉さん!その猫渡して!!」
 そう言って猫を連れていこうと手を伸ばしたが、その手は猫に触ることがなかった。
 お姉さんが膝の上にいた猫を抱き寄せたのだ。
「………どうして?」
 不安そうに猫を抱きしめながらお姉さんは裕太を見つめた。
 あまりにも真っ直ぐに見つめてくる物だから、裕太は恥ずかしくなって目をそらした。
「あの……友達に……猫探して来てって言われて……それで……」
 なぜか、上手く言葉が出てこなかった。
 だが、それを聞いたお姉さんはホッと安心したように微笑んだ。
「お友達の猫を探してるの?」
 さっきほど真っ直ぐじゃなくなって裕太も少しホッとした。
「うん。そうなんだ」
「そっか……残念だけどこの猫はそのお友達の猫じゃないよ?別の猫だよ」
 そう言われてから裕太は猫をじっと見た。
 たしかに『この猫だ』って感じがしない。
 すこしがっかりしたが、すぐに顔を上げてお姉さんに聞いた。
「お姉さんの猫?」
 お姉さんは優しく、やんわりと微笑んだ。
 そして、少し寂しそうだった。
「私のじゃないよ……誰か……知らないお姫様の猫……」
 猫を優しくぎゅっと抱きしめました。
 心なしか猫が少し恥ずかしそうでした。
「……名前は?」
 ホントは「お姫様?」って聞き返したかったけど、なんとなく……話をそらしたくなった。
 だから裕太はにっこりと笑って聞きました。
「え?朱草姫乃……っていうの」
 いきなり話が飛んだせいか姫乃はびっくりしていた。
「そっか。俺は裕太。桜井裕太。よろしくね?」
 すると姫乃は何故か驚いていました。
 裕太が「どうかしたの?」と聞くと姫乃は笑ってこう言いました。
「この子ね、勇人っていうの。裕太くんと一文字違いだね」
 それがなんとなく……嬉しかった。
 だから、よくわからないけど二人で笑っていた。
 だが、その笑いがふととぎれた。
「ようやく見つけましたよ……姫……」
 たった一言なのに、その声だけで姫乃は笑うのを止めた。
 素早く立ち上がり裕太の前に、裕太をかばうように立った。
「何の用?!櫻くん!!」
 さっきまでの優しかった表情はなかった。
 真っ直ぐに『櫻くん』を睨み付けていた。
「何の用とは……それが婚約者に対する言葉ですか?」
 その『櫻くん』は微笑んでいた。
 微笑みがなんだか恐かった。
「それに……そんな態度をとられては勇人をもとの姿に戻す気もなくなりますよ?」
 『勇人』を抱きしめる腕にわずかに力が入った。
「……戻す気なんてないくせに……」
「あなたが私の花嫁になれば戻して差し上げますよ」
 そう言うと『櫻くん』はゆっくりと姫乃に近づいてきた。
 姫乃の腕の中で勇人が威嚇している。
「そう言って……戻さないんでしょ?」
 姫乃がわずかに後ずさった。
 そして小さな声で「逃げて」と裕太に言った。
 だが、裕太は逃げるつもりがなかった。
「たとえそうだとしても……勇人の魔法を解く方法は私しかわかりませんよ?」
 姫乃が悔しそうに睨み付けていた。
 二人の距離は着実に短くなっていた。
 勇人が今にも飛びかからん勢いだった。
 その時、裕太の頭の中に一つの考えが浮かんだ。
 状況は飲み込めてないが、魔法で猫にされた人を元に戻す方法を考えることぐらい出来た。
「……キスをすると元に戻るんだよ……」
 昔、何かの絵本で読んだ。
 愛する人の口づけでもとの人間の姿に戻る話を。
「魔法を解くには、勇人にキスすれば良いんだよ!」
 二人の距離が残り1メートルぐらいのところで裕太が言った。
 その言葉に姫乃が真っ赤になっていたが、『櫻くん』は笑っていなかった。
 裕太を睨み付けていた。殺気のこもった瞳で。
「姫乃さん!早く!!」
 殺気のこもった瞳で睨み付けてくると言うことは当たっていると言うこと。
 早く元に戻さないと二人が引き離されてしまうかもしれない。
「で、でも……」
 真っ赤になって困り果てている姫乃を勇人が見上げた。
 次の瞬間、姫乃の腕からするりと抜けた勇人が姫乃の唇を奪った。
 一瞬の出来事だった。
 軽い破裂音と共に煙が立った。
 煙が晴れるとそこに猫の姿はなく、お兄さんが立っていました。それが『勇人』だと言うことは簡単にわかりました。
「さ、さ、さ、さ、さ、桜くん!!!!!!!」
 耳まで真っ赤にして姫乃がわたわたしているが、勇人はそれどころではなかった。
 真っ直ぐに『櫻くん』を睨み付けていた。
 『櫻くん』は悔しそうにしていたが、裕太を睨み付けるとその場から消えてしまった。
「桜くんのばかーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 姫乃はポカポカと勇人の背中を叩き始めた。
「え?ちょっ?!姫?!!」
 なにやら、おじゃま虫になりそうな予感がしたので裕太はこっそりとここを離れることにした。

 

つぎ

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