「捕まえた!」
裕太はなんとか化け猫を捕まえた。
捕まった化け猫は裕太の腕の中でしばらく暴れていた。
「大人しくしろ!これから朱夏のところに行くんだからな!!」
それを聞くと猫はピタリと暴れるのを止めて不思議そうに裕太を見上げた。
「……にゃー」
何で朱夏のことを知ってるの?と言いたげに鳴いた。
「何だよ、言いたいことがあるならしゃべればいいのに……」
さっきはしゃべったのに何でしゃべらないんだろうと思ったが、ま、いいかとも思った。
「俺はな、朱夏の友達なんだよ。朱夏に頼まれてお前を捜しに来たんだ」
じっと裕太を見つめていた瞳は、ぱっとそらされた。
そして「にゃー」と一声鳴いた。裕太にはそれが「さっさと連れていけ」に聞こえた。
「オマエ……可愛げないなぁー……」
呆れたように笑いながら二人は病室に向かった。「朱夏ー、猫連れてきたぞー」
病室の中にいるであろう朱夏に声をかけて裕太は戸を開けた。
戸が開いたと同時に猫は裕太の腕から飛び降りた。
「お、おい!」
猫を追って裕太は慌てて病室に入った。
ここまで来て逃げられたらたまらない。
戸を完璧に閉めてから裕太は初めて病室の中を見た。
「!?」
声にならなかった。
ベッドで寝ている朱夏の上に知らない女がいた。
朱夏の上にまたがっていた。
それだけならまだ声が出たかもしれない。
その女は右手に包丁を持っていた。
「……誰?」
肩まである金髪を揺らして女が言った。
瞳は青くて冷たい感じだった。
外人だということは簡単にわかる。
「……誰って……それはこっちのセリフだ!朱夏に何しようとしてんだよ!!」
かろうじて声だけは出た。
だが、足はガタガタ震えている。
「何って……?見ればわかるでしょ?」
女はいやな感じの笑いを浮かべた。
背筋がぞくっとした。
「だ……から……なんで朱夏に……そんなことしようと……してるのかって……聞いてるんだ……よ」
声がひっくり返りそうだった。
女の瞳には人間らしい温かさがなかった。
「別に?あえて言うなら……この子を殺せば私はもう一度身体を手に入れることが出来るから……ね」
「もう……一度?……どういうことだよ……」
裕太は少しだけでも良いから話を引き延ばそうとしていた。
引き延ばしている間に朱夏を助ける方法を考えようと思ったからだ。
「……アンタには関係ないでしょ?ま、これだけは教えてあげるわよ」
女は裕太に笑いかけた。
いやな感じの背筋がぞくぞくする感じの笑い。
「誰かがこの子の死を望んでるってことだけはね……」
その一言は裕太にとって何よりも辛い一言だったかもしれない。
大切な人の死を望んでいる人がいると言うこと……
それはどれだけ辛いことだろう
何も言えず呆然としている抜け殻みたいな裕太を見て女は満足そうに笑っていた。
そして、刃物を持ち直し、朱夏に向かって振り下ろそうとしたときだった。
何かが包丁に当たって、包丁が吹っ飛んだ。
包丁が落ちた当たりの床を見ると猫が包丁を口にくわえていた。
「ニャーッ!」
女に威嚇しながら裕太の足下まで行った。
そして思いっきり裕太の足をひっかいてやった。
「痛っ!!何すんだよ!」
足を押さえて痛がる裕太に猫は「ニャーッ!!」と言った。
それがどういう意味なのか裕太はなんとなくわかった。
「……オマエの飼い主、助けてやんなきゃな」
笑いながら猫の頭を撫でてやった。
そう。わかっているはずだった。
朱夏を助けなきゃいけないってことは。
裕太は一歩前に進んだ。
「アンタなんかに朱夏は殺させねぇ!!」
それを見て女はわずかに笑った。
「……止められるとでも思ってるの?」
裕太は真っ直ぐ前を見て言った。
「あぁ」
止める、止められないじゃない。絶対に止める。
「……止めてもらおうじゃないの!」
女は朱夏の首に手をかけた。
「!!」
裕太が止めようと駆け出したのとほぼ同時に女が頭を抱えた。
解放された朱夏が苦しそうにむせ返っているのを見て裕太は慌てて朱夏を女から離した。
思っていたよりもずっと朱夏は軽くて、割と簡単に女から離れることが出来た。
しばらく女は頭を抱えていたがしばらくするとゆっくりと顔を上げた。
それを見て裕太は朱夏をかばうように立った。
だが、女の様子がおかしかった。
「……?」
さっきの冷たい瞳じゃなかった。
人間の温かさがある瞳だった。
「……ごめんなさい……」
女はさっきとはまるで別人のようだった。
「もう、中に閉じこめましたから大丈夫です。貴方達を傷つけるようなことはしません」
裕太には女の言ってることがわからなかった。
「……もう……ジャックザリッパーは蘇ってはいけないんです……滅ばなければ……」
そう呟くと女は微笑んだ。
「誰か呼んだ方がよろしいですよ?その子のために」
「え?」
朱夏を見ると苦しそうに肩で息をしていた。
慌ててナースコールを押したとき、そこにはもう女の姿はなかった。
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