「他になんか思い出せることないのか?」 鈴木には、どうしてもこの辺りに田中の身体があるとは思えなかった。 だが、田中はやはりなかなか思い出せないでいる。 「……うーん、後の記憶は本当に曖昧で……ごちゃ混ぜで……」 田中のことだからいくら考えても思い出さないだろうと思い、鈴木は話をそらせることにした。 「そういえば、こんなところに何の用で来たんだ?」 「んー?」 田中の家とは反対の方向で、しかも川以外は何があったか思い出せないような何もないところにわざわざ行くのはどうにもおかしい。 「なんでだったかなぁ……」 だが、それすらも田中は思い出せないでいた。 「この辺を少し歩いてみるか?そしたらなんか思い出すかもしれないし」 鈴木がそう言い終わる前に、田中は何かを思いだしたらしくポツリと呟いた。 「……匂い……」 「匂い?」 聞き返すと、田中はぱっと顔を上げて言った。 「そう、なんか花の匂いがした気がする!」 「花の匂いがすると言えば、花壇、花屋……」 思い浮かぶ限り並べてみたが、どれもピンとこなかった。 「花の匂いって言われてもなぁ……何の花かとかわかんないか?」 鈴木に言われる前から考え込んでいた田中は、小さく微笑んでいた。 「……私の、好きな花だよ」 この時期に咲く、日本の花。 「桜の、香りだったよ」 桜という言葉を聞き、鈴木の頭に一つのことがよぎった。
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