「……あのぉー」
 良心がうずいたのか、少女は初音を止めに入った。
「あ、ごめんねー。うちの馬鹿が話をややこしくして」
 そう言いながら、初音は自分の足下の槐を指さした。槐にしてみれば散々であろう。
「いや、あの……ややこしくも何も、ただの噂だったみたいだし……」
「噂……あー、まぁ、なんて言うかなぁ……」
 初音はしばらく考え込んでいたが、「そうだ」と言って少女に向き直った。
「名前、まだ聞いてなかったよね? 私は初音。あなたは?」
「あ、黄麻と言います」
 少女―黄麻が慌てて頭を下げた瞬間。
 先ほどと同じような盛大な音が響いた。最も、黄麻自身は頭に走った激痛と意識が遠のいていくのを感じただけで、音など耳に届いていなかった。
 ただ一つだけ。
 はめられたと思った。

「……れ?」
 黄麻が次に意識を取り戻したとき、そこは知らない場所だった。
 見覚えのない天井。何故か掛かってる布団。
「黄麻さん、目が覚めたの?」
 さっきまでとはまるで別人のような笑顔を浮かべた初音が側にはいた。
 だが、初音を見ると黄麻はひどく怯えたような表情を浮かべた。当然だろう。わけもわからず箒で殴り倒されたのだから。油断をしたら、今度こそ危ないんじゃないかと思った。
 そんな黄麻の様子に、初音は困ったように笑った。
「いきなり殴りかかったりしてごめんね。でも、こっちにもちょっと事情があって、ね?」
「……事情?」
 まだ警戒はしているものの、黄麻はじっと初音を見ながら聞き返した。
「人間のくせに、妖怪と通じてるって知られたら、私達ただでは済まないのよ」
 この国に住む生き物は、大きく三つに分けられる。動物・人間・妖怪。決して妖怪は全てが悪いわけではなく、人間と同じように一部が悪いだけ。この妖守神社はそれをわかっているから、助けを求めてくる者を受け入れる。けれども、多くの人間は全ての妖怪を悪だと信じている。だから、人間は妖怪を恐れ、この世界から妖怪を滅せようと考えている。
 この神社は妖怪を受け入れてると、世間が知れば『妖怪の仲間』とされ、どのような仕打ちを受けるかわからない。まだ、妖怪と人間が共存するには時間がかかるのだ。
「だから、周りには妖怪退治をしているように見せるために、一度気を失わせて、それから妖気が漏れないように結界を張ったここに隠れて話を聞くの」
 事情は、何となくわかった。
 けれども、謎はまだいくつかある。
「周りに秘密、なんですよね?」
 黄麻がそう聞くと、初音はそうよと言った。
「じゃぁ、なんでさっきの槐さんには私が妖怪だってバレても良いんですか?」
 あの人の前で、黄麻ははっきりと妖怪だと言った。それに、初音も「誤解されるようなことを言うな」と言っていたのだから、槐は事情を知っていると考えて良いだろう。
「それに、槐さんは悩み相談はしてないって……」
 悩み相談をしていないのなら、ここで何の話をすると言うのだろう?
 黄麻の問いかけに、初音は目をそらした。
「それはぁー……」
 眼が泳いでいた。
 黄麻はそれを見て不安になった。やっぱり悩み相談じゃなくて、ここで息の根を止めようって考え?! と思い、逃げだそうとした、が
「神主にまで秘密にして、こんなこと出来ると思うか?」
 背後から槐の声がした。
「……ん?」
 黄麻は頭の中でもう一度槐の言葉をリピートした。
 ……神主?
「神主ーーーーー?!!」
 槐は相変わらず、煙管をくわえていた。格好だって、かなり着崩してる。神主に見えないを通り越して、まるで遊び人のようだ。
 初音は、混乱している黄麻を見ながらやっぱりなと思った。だが、槐はそんなこと気にせず話を続けた。
「悩み相談ってのは、普通話し合うだけだろ。けど、俺達は話し合いで終わらないから、相談じゃないって言ったんだ」
 混乱しながらも、黄麻は必死に考えた。
 こんな明らかに怪しい神主を信じて悩みをうち明けて良いのかどうか。

 

そのためにここまで来たんだから、当然話す。

遊び人神主なんて信じない! 適当に誤魔化して逃げる。