「喰らえ、妖怪め! 正義の鉄拳箒あたーっく!」
 そう言いながら、初音は少女に向かって箒を振り下ろした。
 振り向きざまの攻撃だったにも関わらず、少女は初音の箒をさらりとよけた。
 が、少女がさっきまで立っていた地面には、盛大な音を立てて箒がめり込んだ。
 もう一度言う。
 箒が、地面に、めり込んだ。
「………………」
 少女はしばしの間、自分がさっきまで立っていた地面を眺めていた。青ざめた顔で。
 そんな少女の気持ちを知ってか知らずか。初音は箒を構え直した。
「ちっ。避けたりなんてするから、地面に穴が開いちゃったじゃないの」
「避けなかったら死んでたのに避けるなとか言うか? 普通!!」
「妖怪が普通を語るな」
 初音の返してきた言葉に少女は閉口したが、すぐに言い返してきた。
「こんな美少女を捕まえておきながら、妖怪とは失礼じゃないの! 妖怪だって言うんなら証拠出しなさいよ!!」
 少女は勝ち誇った笑みを浮かべていたが、初音の反応を見ると一瞬にして笑顔が凍り付いた。
 笑っていた。
 嘲笑とか、微笑とかならまだしも。初音は満面の笑みで少女を見つめていた。
「妖気を発しておきながら、妖怪じゃないと言い張るの? それなら、そっちこそ妖怪じゃないって言う証拠出しなさいよ」
 責め立てるように言うわけではなく、優しい声で言ってきた。
 少女は今になって、後悔した。
「……ここって、妖怪の悩み相談やってるんじゃないの?」
 妖怪の間で流れているただの噂だった。
 妖守神社は人間の神社だけれども、妖怪に対して好意的だと。
 その噂を信じてここまでやって来たのに、何故巫女に箒で殺されそうにならなければいけないのか。やはり、人間が妖怪に好意的だなんてあり得なかったのだろうか。
 少女は真っ直ぐに初音を見据えていた。
「悩み相談、ではないな」
 初音が答えるより先に、答えが返ってきた。
 神社の雰囲気に似つかわしくない、煙管をくわえた男だった。
「槐! 何でいるの?!」
 初音に槐と呼ばれた男は、それには答えず少女の反応を待っていた。
 少女は、しばらくの間うつむいたまま立ちつくしていたが、やがて踵を返して歩き出した。
「帰るのか?」
 槐の問いに、少女は振り向かずに答えた。
「妖怪がこれ以上神社にいてどうするって言うの?」
 槐の返答が返ってくる前に、何かを殴り倒すような盛大な音が響いた。
 少女が振り向くより先に声がした。
「この馬鹿槐! 勘違いさせるようなこと言わないでっていつも言ってるでしょう!!」
 初音の足下には、無惨にも倒れている槐の姿があった。相変わらず、初音の手には箒が握られていた。
「こら! 返事しなさい!!」
 足下に倒れている槐に向かって、初音は無理な注文をしていた。槐がとても返事を返せる状態ではないことは誰が見てもわかる。それでも、初音は返事を求めていた。

 

さすがに、槐が可哀想なので助けに入る。

今がチャンスだ逃げる。