「そうですね。姫の部屋まで案内してください」
 花月は笑顔ではいと答えると、長い長い廊下を案内してくれた。
 外から見たときも思ったが、中に入るとそれ以上に広く感じる。
 退治の前に、屋敷の中を大体覚えておく必要がありそうだと思った。
「姫様、お客様をお連れしました」
 姫のものらしい部屋の前まで来ると、花月は障子向かって囁いた。
 少し離れていた初音の耳には届かなかったが、返事が返ってきたらしい。花月が「こちらです」と言って障子をゆっくりと開けた。
 目の前に広がる部屋は、立派なものだった。部屋自体も、その部屋を彩る家具も。だが、その中で最も目を引くのは部屋の中央に座っている姫の姿だった。美しいとか、そんな理由ではなく、瞳に強さを感じた。その強さが目を引くのだ。
「姫様、こちらが妖怪退治を引き受けてくださった初音さんです」
 花月にそう紹介されてから、初音はやっと我に返った。完全に姫に魅入ってしまっていた。
「初音さん、こちらが私の主である秋雨姫です」
 だが、秋雨は微笑みもせずに言い放った。
「女に助けを求めるほど、私は落ちぶれていない。帰ってもらいなさい」
 秋雨の瞳は揺るぎない強さを湛えていた。
 その瞳を見たときから、初音はこの展開を予想していたので動揺もしなかったが、慌てたのは花月だった。
「姫様、折角お越しいただいたのにそんな……それに、初音さんを帰してどうするおつもりです? お一人で鬼に向かおうと? そんな無茶をして、姫様に何かあったら私はどうすれば……」
 花月は秋雨を説得しようと必死だが、その説得に応じるような姫ではないだろう。
 やはり、秋雨は揺るがなかった。
「我が身可愛さから、女に助けを求めてはこの家を継ぐ資格などない。この身一つで鬼に立ち向かう。もしそれで私が死ねば、そうなる運命だったと思え」
 まだ反論しようとする花月をなだめ、初音は秋雨の部屋を後にした。
「初音さん、申し訳ありません……折角お越しいただいたのに……」
 自分が悪いわけでもないのに、そう言って何度も頭を下げる花月に気にしないでと言いながら、初音は屋敷の中を案内してもらっていた。
 秋雨に断られても、この依頼から手を引くつもりはないらしい。
「花月さん、この薬を姫の食事に混ぜてもらえますか?」
 そう言って、包みを一つ取り出した。花月は受け取ったそれを不思議そうに眺めていた。
「これは、何ですか?」
「眠り薬です。これで姫を眠らせて安全な場所に隠してください。その間に仕事を終わらせますから」
 一瞬困惑したが、花月はすぐに頷いた。
「わかりました。任せてください」
 そうして話していると、いつの間にか屋敷の裏門の方に来てしまっていた。話の方に気が行ってしまい、ろくに案内もしていなかった。
「申し訳ありません、こんなところまで引っ張り回してしまい……戻りましょう!」
 慌てて花月が戻ろうとしたときだった。初音は裏門を開けながら声をかけた。
「この門はどこに出るんですか?」
 何故そんなことを聞くんだろうと言いたげな顔をしながら花月は答えた。
「山神様のお社に続く道ですが?」
 門の向こう側を見ると、確かに山道が続いている。余程人が通らないらしく獣道と言って良いような山道だった。

 

山神様のお社に行ってみる

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