「トール! それってホント?!」
 知らず知らずに声が大きくなっていた。
 クロの言葉にトールが少し驚いたように身を退いた。
「嘘吐いてどうすんだよ? 何なら今頃デート中だろうから、案内してやろうか?」
 何かを頭で考えるよりも先に、クロははっきりと頷いていた。
 トールに連れて行かれたところは商店街。人が多くてこんなところクロは嫌いだったが、そんなことどうだって良い。
 鼻をひくひくと動かしていると、嗅いだ覚えのある匂いが鼻先をかすった。それは少し前を歩いているトールと同じ匂い。けれど、違う。慌てて顔を上げると、何度か見た覚えのある顔があった。トールの御主人だ。
「あ」
 そして、その隣には毎年春になると桜を見に来る人間。
 二人の様子を凝視しているクロに、トールは「だから言っただろ?」と自慢げに声をかけた。
 けれどトールの言葉は耳に届いていなかった。
 疑っていたわけではないけれど、心のどこかで「ひょっとしたら違うのかも知れない」と期待していた。その期待が、今、跡形もなく壊されてしまった。
 きっと、さくらは悲しむ。
 このことを知ればさくらは悲しむ。けれど、何も知らずにこの人間が来ることを楽しみにするさくらは見ていてつらい。
 クロが思考を巡らせている間に、トールはその場を立ち去ってしまっていた。たぶん別れの挨拶もあったのだろうが、クロには聞こえていなかった。
 今のクロは、ただ二人を追うことしか頭になかった。
 追って、追って、何かの間違いだったとわかれば良い。もしも事実なら、追っている間にさくらへと伝える言葉を考えれば良い。

このまま二人の後を追う。
尾行はやっぱりこそこそと。