「桜井ー! 昨日はどうだったー?」
 昨日の朝と同じように結城が話しかけてきた。ホラー要素なんて何もなかったと信じているからそんな平然とした顔で尋ねてくるのだろうか。これでもし「お化けが出た」とでも言ったら悲鳴を上げて逃げていくんじゃないだろうか。
 そうは思ったが、直人もそこまで歪んだ性格ではなかった。
「別に。面白くもない普通の古い洋館だったけど?」
「予想通り。だから他の罰ゲームにしようって言ったんだ」
 直人の背後で渡里が呆れたように杉田を見ていた。
 どうやら罰ゲームの提案者は杉田だったらしい。
「いーじゃん。コレで『幽霊屋敷』の真実がわかったんだしサ」
 四人でそんなことを話していると、昨日と同じように結城の背後から声がかかった。
 声の主は昨日と全く同じ人物だった。
「桜井君、やっぱりあの屋敷はただの噂だったのかしら?」
「ひっぎゃぁ!」
 結城がやはり昨日と同じような叫びを上げて、渡里の背後に隠れた。怯え方は相変わらず尋常ではなかった。
 だが、ミサはそんなこと気にした様子もなく直人に尋ねていた。
 渡里の後ろに隠れている結城と、背後に隠れている杉田の様子を横目に捉えながらも、直人は淡々と答えた。どうすればただのクラスメイトにこれだけ怯えられるのだろう。
「そりゃ空き家だし多少ほこりっぽいとか暗いとか『それっぽい』要素はあったけど、アレは普通の空き家」
 ミサは小さく笑いながら「やっぱりね」と言った。
 その笑い方は相変わらず何を考えているかわからなかった。
「あの屋敷、オカルト臭がしないものね。予想通りだわ……」
 そこまで言ってから、ミサは「あら?」と首を傾げた。その視線は真っ直ぐ直人に向いていた。思わず友人達も直人に視線をやった。
 しばらくまじまじと見られ、さすがに直人も後ずさりしそうになった頃。
「……昨日まではなかったけど……桜井君、オカルト臭がするわ」
「………………はい?」
 まず言葉の意味がわからなかった。オカルト臭なんて言葉は聞いたことがなかった。おそらく『臭』とつくくらいだから『におい』なのだろうと予想は出来るがそれ以上はさっぱりだ。
「素敵ね。予想外の収穫だわ」
 ミサは一人でトリップしかけていた。尋ねたかったが、どこか声をかけづらい雰囲気を醸し出していた。いつも以上に。
 トリップしながらなのか、帰ってきているのかよくわからないが「ふふふ……」と笑いながら立ち去っていった。去り際に「これから、よろしくね」と言い残して。
 これからって何だと直人は一瞬思ったが、それさえも吹き飛ぶことを友人はしてくれた。
「……サックー、くさいの?」
 直人の影に隠れたまま匂いを嗅いでいる杉田の頭を、思わず小突いた。
「嗅ぐな! どこの変態だ」
「杉田の場合、変態っつか……」
「犬だな」
 渡里の「犬」発言に直人と結城が頷くと、杉田一人が「失礼な!」と反論し始めた。もっとも、ここで杉田本人まで同意したら問題なのだが。
「ただ単にサックーのにおいが昨日と同じかどうか確認しようとしただけジャンかよー!」
 杉田のこの言葉に、三人のツッコミが同時に入った。
「昨日のにおいなんて覚えてんなよ!」
「ヒトじゃねぇー!」
「犬決定だな」
 数日後、クラス中に「杉田犬説」が広がっていた。噂とは恐ろしいものである。

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