直人はミサの言う『オカルト臭』を出すようになった頃から、放課後の友人達の誘いを断るようになった。 元々あまり誘われることは少なかったのだが、それでも大抵は二つ返事で誘いに乗っていた。それが、全て「用事がある」と言って断るようになった。 放課後の誘いは断るが、校内では今まで通りの付き合いが続いているし、土日なら断られることも少なかったので友人達が離れることはなかった。 「桜井、今日も放課後はパス?」 「うん。悪いな。また今度」 そうして放課後になると、すぐに学校を飛び出していた。 行き先は決まっていた。噂の『幽霊屋敷』に真っ直ぐ向うのが日課だった。正しくはその『幽霊屋敷』にいる六花に会いに行くのだが。 いつもと同じように塀と塀の間を抜け、小さな抜け穴から屋敷へと入っていく。あとは、いつも開け放たれている窓から入れば六花が出迎えてくれる。 「いらっしゃい直くん!」 「六花、元気だった?」 普段クラスでは見せないような優しい瞳で微笑む。六花の前では自然と瞳が優しくなる。 「毎日会ってるのに、いっつも元気だったって聞くよね。直くんって心配性ね」 ころころと鈴が鳴るように笑う。本当に嬉しそうに。こんな小さな事でそんなに嬉しそうに笑ってくれることが、直人の瞳を優しくさせた。 初めて会ったとき。お互いに名乗ったが、それ以上は何を話して良いかわからなく、ただ沈黙が流れていた。それでも直人が帰ろうとしたとき「また、来てくれますか?」と六花は泣きそうな顔をしていた。頭で何か考えるよりも先に口が勝手に答えていた。ただ「もちろん」とだけ。それでも六花は嬉しそうに微笑んだのだ。その笑顔が見たくて毎日通っている。ただそれだけ。 幼い理由だなと思う。けれど、いつも気づけば幼い理由で動いていた。 「ねぇ、直くん。今日もお話聞かせて?」 いつも六花は同じことを求める。直人が見聞きした色んなこと。それを話して欲しいのだと言う。 最初の内は直人も「別に話すほどのことは」と思っていたのだが、何を話しても彼女の瞳が好奇心で輝くのを見て、色々なことを話したくなった。 六花は屋敷から出たことがないのだそうだ。 知っている外の世界は窓からわずかに見える世界と、本を通して見た世界。その程度。 話を聞き終えるといつもどこか遠くを見るような瞳をしていた。その瞳は「外に行ってみたい」と言っていた。その願いを叶えてあげたくもあったが、きっかけがなかった。 「そういえば、ここに来る途中で見かけたんだけど、桜が咲いてたなぁ……」 話の最後に思い出したように付け足した。 最近はここに来ることだけしか考えていなくて、周りの景色なんてろくに見ていなかった。そのせいで気づくのが遅くなったのだが、世間はもう桜の季節だった。 「桜が咲いてるの?」 頬を火照らせ、身を乗り出し、いつも以上に好奇心で瞳を輝かせていた。 六花のそんな様子に、直人は思わず目を見開いた。そこまで食いついてくる話題だとは思わなかったからだ。 「もう、満開くらいだと思うけど……六花って、そんなに桜好きだったの?」 「大好きっ」 あまりにも素直に。外見の年齢は同じくらいなのに、その言葉は子どものように素直で真っ直ぐで……。桜のことを言っているのだとわかっていても、思わず視線を逸らしてしまった。 六花はそんな直人の気持ちに気づかず、どこか遠くを見ながら言葉を紡ぎ始めた。 「花が咲いてる時間は短いけど、たくさんの人を引きつけて、儚いけど、綺麗で、見る人を幸せにしてくれるの。優しい色……」 ため息混じりに小さく「見てみたいな」と呟いたのを、聞き逃さなかった。 紅い頬、どこかうっとりとした瞳、けれどどこか寂しそうな笑顔。まるで桜に恋でもしているよう。 桜に嫉妬なんて、愚かだなと感じた。 「……六花」 けれど、嫉妬よりも上回る感情。 ただただ六花を喜ばせたいという気持ち。 「桜見に行こっか? 今から」 差し出しされた手をしばらく見つめ、それから少し驚いたような不安そうな顔で直人を見つめた。 それは夢見てはいたが実際に踏み出すのが恐いからか、それ以外の理由があるのか。 直人が笑いかけると、六花は不安そうに「……でも」と小さくこぼした。 「もう、遅い時間だし……直くん、家の人に怒られるんじゃないの?」 意外だった。 六花が自分のことを心配してくれているとは思いもしなかった。 すっかり日は暮れてしまっている。今から帰れば門限には間に合うだろうが、桜を見に行ったりしたら確実に門限は過ぎる。 「大丈夫。それよりも、行きたいんだろ?」 別に門限なんてどうでも良かった。それらしい言い訳なんていくらでも出来る。だから、そんなことよりも、六花の喜ぶ姿が見たかった。 それでも、まだ六花は何か悩んでいた。 「でも、玄関から出たら見つかっちゃうし……」 ここで六花が直人と会っていることは秘密だった。誰にも言えない秘密。六花は「外に出ては行けない」と言われているらしい。おそらく病弱なのだろう。あまりそういうことは聞かないようにしていた。 六花はだからためらっていた。 「大丈夫。この樹は登りやすいから。だから、行こう?」 手を差し伸べて、もう一度六花を誘った。 「六花に桜を見せたいんだ」 |