第二章 白昼夢

 春はあっという間に過ぎ、気がつけば試験期間に入っていた。
 さすがに試験期間まで六花のところに通って、試験の結果が悲惨なものになったりしては夏休みがなくなる恐れがある。それだけは回避しなくてはと思い、しばらくの間は六花のところに通うのをやめた。
 そのおかげもあってか、何とかそれなりの手ごたえがあった。
「なーおなおなおなおなおなーおー!」
 学校から出て数分。非常に聞き覚えのある声が聞こえた。正直に言うと、聞きたくない声だ。
 聞かなかったことにして通り過ぎようかとも思ったが、その前に後ろから羽交い締めにされた。全くもっていい迷惑だ。
「なーお! 無視するなってばー! ちょっと頼みたいことがあんだよー」
 人を羽交い締めにしながら頼み事とはどうなのだろう。直人は文句の一つや二つ言ってやろうと思ったが、口を開きかけたところで気づいた。
 恭介の後ろに知らない女の子が一人。この状況でどうして良いのか困っているようだ。
「……恭介。連れの子が困ってる」
 直人が注意してやると、恭介もようやく直人を解放してくれた。そして女の子に「ごめんごめん。これがいつものスキンシップなんだ」と平然と嘘を教えていた。
 ツッコミの一つでも入れようかと思ったが、女の子が「え、そうなの?」と本気にしてしまい、直人はもうどうでもよくなった。
「……で? 頼みって何?」
 あまり長い間付き合うと疲れるので、手短に済ませようと思った。けれど、恭介の頼みは直人の予想と違い時間のかかることだった。
 恭介はいつものへらへらした笑顔を浮かべてはっきりと言ってのけた。
「部屋貸して」
 何一つ返事をせずに、恭介に背を向けさっさとこの場を立ち去ろうとした。そうしたかった。はっきり言ってそんなわけのわからない頼みを聞くはずがない。恭介にだって部屋があるのに何故直人の部屋を貸さなければいけない。
「なーお! 人の話は聞きなさいってば! 違うんだって。違わないけど違うんだってばー!」
「……なに?」
 途中で立ち止まり、恭介とは距離を置いたまま話の先を促した。
 本当はすぐにこの場を立ち去り、六花に会いに行きたかった。けれども、恭介も一応何か深い理由があって頼んでいるらしいのでその理由だけでも聞いてやろうと思った。
「この子。この子が困ってんだよ!」
 そう言いながら恭介は、少し後ろの方でどうすればいいのか困り果てている女の子を引っぱってきた。どうやら恭介と同じ学校に通っているらしい。
「寝てたら終わんないくらい大量にレポート出てるのに、家のパソコン壊れちゃってレポート出来ないんだよ! 学校でやってるだけじゃ間に合わないから俺のパソコン貸してあげようと思ったんだけど、あれってデスクトップだから部屋から動かせないじゃん? だから、俺の部屋に泊めてやろうと思うんだけど、やっぱ男の部屋にってのはヤバイだろ? っつーことで、俺をしばらくなおの部屋に泊めてくんない?」
 これだけの理由をよく一息で言えたなとどうでもいいことが気になった。
 直人はもう一度その女の子を見てみた。レポートのせいだけではないだろうが、本当に困り果てているようだった。
「……部屋、貸すだけだからな」
 仕方ないなと思った。それと同時に、やっぱり恭介だなと思った。
「っしゃー! それじゃぁ直、今夜からしばらくは学校の送り迎えに深夜までの語らい大サービスしてやろうじゃないか!」
 ……やっぱり断るべきだっただろうかと本気で思い直した。

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