「六花、久しぶり!」 学校が終わると真っ直ぐに六花の元へ向かった。恭介の送り迎えさえなければもっと早く来ていたのだが。そんなサービスいらないと言ったのに恭介は全く聞かなかった。 「直くん! 試験終わったの?」 嬉しそうに駆け寄ってくる六花に「あぁ。それに……」と付け足した。 「夏休みに入るんだ。だから、しばらくはもっと早い時間から会いに来れるんだ」 しばらくの間、理解出来なかったのかぱちくりとまばたきをしていたが、やがて嬉しそうに笑った。その笑顔を見ると何故か安心出来た。 「うれしいっ! じゃぁ、直くんともっとたくさんお話し出来るのね!」 年相応よりも幼い仕草。子どものように無邪気に喜ぶ様。その一つ一つが…… 「ね。じゃぁ、今日は何を話してくれるの?」 久しぶりに会えたことが嬉しいのか、いつもよりくるくると表情が動いている。 そんな様子に笑みをこぼしながら、直人はこう言った。 「たまには、六花が話してみないか?」 「……え?」 目を見開いて、しばらく直人を見上げていたが、やがて困ったように俯いてしまった。視線が定まらず泳ぐ様子を見て、直人は聞いてはいけなかっただろうかと思った。 「……何を話したらいいのか、わからない……」 消えそうな声で呟く六花を見て、直人も気づいた。 彼女は今までずっと聞き手だった。直人と会う以前は外の世界を知らない少女だった。そんな彼女にいきなり「話してみないか?」と言っても、困惑するに決まっている。 直人は六花の頭を撫でながら小さく声に出して笑った。 「じゃ、いくつか質問するから、それについて答えてくれないか? それなら大丈夫だよな?」 わずかに頬を染めて、まだ視線を逸らしたままだったが、六花は小さく頷いた。 もう一度頭を撫で、それからゆっくりと問いかけ始めた。 「それじゃぁ……好きな食べ物は?」 意外な問いかけだったのか、六花は少し慌てた様子だったが、すぐに言葉を返してきた。 「えっと、アイスクリーム」 「嫌いな食べ物は?」 「……セロリ……」 なんだか子どものような答えに、思わずふきだしそうになる。 けれど、六花は一つ一つ真剣に答えていて、笑って良い雰囲気ではなかった。 「一人の時は何してる?」 「ほとんど本を読んでるの」 質問を重ねていく内に、六花も余裕が出来てきたらしい。時折「直くんは?」と尋ねてくる。 久しぶりの二人の時間は、穏やかにゆっくりと流れていた。 「六花が今一番欲しい物は?」 ほとんど間髪入れることなく。 真っ直ぐな笑顔を浮かべたまま答えた。 「賢者の石!」 その笑顔には嘘偽りなんてものは微塵も感じられなかった。 けれど、それは、あまりにも…… 「…………ぇ」 聞き返しそうになる。聞き間違えだったのではないかと思う。 直人が聞き返そうと口を開きかけると、物音が聞こえた。 「っ! 直くん、ごめん、もう帰って」 慌てて立ち上がると、六花は窓を開けて外を確認した。それから「今日は時間切れみたい。ホントにごめんね」と謝った。六花は何も悪くないはずだった。 二人の時間は唐突に終わりを告げた。 直人は一度六花の方を振り向いてから、窓に足をかけた。何か声をかけたかった。かけたかったが、かける言葉がなかった。何が時間切れなのか、何故六花が謝るのか、何もわからなかった。 改めて思い知らされる。自分の無知さを。 あのときと、同じように。 あのときと同じように、何もわかっていない。何も出来ない。 何も考えられずに家路につくだけ。 「あれ? 直が変な顔してるー」 気持ちが沈んでいるときに、声をかけて欲しくない人が声をかけてきた。 前方からいきなり頭を掴まれ、前後に揺らされる。その場の空気を読めないかのような行動。間違えようがない。 「出会い頭に何すんだよ! 恭介!」 みぞおちに一発入れようとしたが、見事に交わされてしまった。 相変わらずつかみ所のない笑顔を浮かべながら、恭介は肩を組んできた。 「せーっかくなぐさめてあげよーと思ってあげたのに、みぞおちはないだろー?」 「……あれでなぐさめられると思ったあたり、どうかしてる」 呆れを通り越して、感心する。 この従兄は一体どういう思考をしているのだろうと考えながら、手の甲をつねってやった。 「あのときと似たような顔してたから、出来るだけ明るく接してやろうとした従兄の優しさがわかってないなー」 痛覚がないのかと思うくらい平然とした顔でいる従兄に、少しばかり驚いた。 正しくは、その発言に驚かされたのだが。 「まだ子どもなんだから出来ない事なんて山ほどあんだよ。それなのに、俺ってなんも出来ねーって顔してんじゃねーよ」 頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。 いつもなら機嫌も悪くなるが、今回はそれほど悪い気がしなかった。 つかみ所がなく、何を考えているかわからない従兄だが、決して馬鹿ではない。認めたくはないが、おそらく直人のことを一番よくわかっている。 「出来ないって悩むよか、何が出来るか考えろって。ま、難しいけどな。いきなり考え方変えろってのは」 へらへらと笑いながら背中を力一杯叩いた。力加減をまるで知らない。 「い……っ!」 泣きそうになるくらいに、背中がジンジンと痛む。 この従兄は本当に慰め方が上手いんだか下手なんだかわからない。 けれど、だからこそ心が軽くなるのかもしれない。 「こ……の、馬鹿恭介!」 通称『弁慶の泣き所』と言われる向こうずねを思い切り蹴飛ばしてやった。さすがにこれは予想出来なかったらしく、恭介はその場にうずくまり蹴られたところを押さえていた。 少し舌を出して、恭介を見下ろしてやった。 「いつまでも子ども扱いしてんじゃねーよ!」 二人の間に「ありがとう」と言う感謝の言葉は似合わない。 言わなくたって、お互いにわかっている。それに、お互い照れ屋だから。感謝するのもされるのも苦手だから、そんな言葉いらない。 それにこれは、恭介は絶対に言わないが『部屋を貸したお礼』なのだから。感謝するのは間違っている。これでお互いに貸し借り無しの対等になっただけなのだから。 |