「ここが俺の通ってる学校」
 真っ白い校舎。それなりに年季は入っているが、古いと言うほどではない。いたって普通の、特筆することもないような平凡な学校。お盆時期と言うこともあってか校舎に人の気配はしない。
 門から顔だけ覗かせ、六花は初めて見る『学校』に瞳を輝かせていた。
「学校って、本当にすごく広いんだねぇ……」
 呟く言葉や表情には『中に入ってみたい』という気持ちがはっきりと見えていた。
 出来ることなら、直人も中に入れてやりたいところなのだが……
「……私服で部外者と……って、見つかったらやばいよな……」
 基本的に制服か学校指定ジャージ以外で校内に入ることは認められないとか生徒手帳に書いてあったような気がする。それに、学祭時期ならまだしも、学校と明らかに無関係な人間を勝手に連れ込んで良いのだろうか。
 直人があれこれ考えていると、六花は不思議そうに顔を覗き込んできた。
「直くん? 別に、中に入れなくても全然いいよ? 直くんの学校を見れただけで十分」
 そうやって、六花はまた笑う。
「……桜井、何してんの?」
 門の外側からではなく、明らかに内側から。それも、直人にとっては聞き覚えのある声。
 六花と外を歩くと言うことは、六花といるところを知り合いに見られることを覚悟で動かなければいけない。そのことに気づいたのは、声を聞いてからだった。
「っ、渡里?」
 校舎から出てきたのは、お盆だというのに制服を着ている渡里だった。直人の記憶では確か帰宅部のはずだ。夏休みにまで学校にいる理由はない。
 直人が疑問を感じていたが、渡里は大して気にも止めずに校門をくぐり、学校から出てきた。
「無理言って図書館開けてもらったんだよ。借りた本全部読み終わったから」
 口には出さなかった直人の疑問に答えると、渡里は横目で六花を捉え、もう一度直人の方を見た。それで大体のことを察したのか、それとも興味がなかっただけか。軽く手を振り「それじゃ、始業式で」とだけ言い残して去っていった。
 人によっては渡里のこういうところが取っつきにくいと言うだろう。けれど、直人にとってはこれくらいの距離がちょうど良かった。結城や杉田もそうだ。あの二人は馬鹿騒ぎをしているせいで気づかれにくいが、一定の距離は保っている。だから、直人はあの三人と付き合っていられる。
「……直くん。今の人ってお友達?」
 六花は渡里の歩いていった方向を眺めながら不思議そうな瞳をしていた。
 ただのクラスメイトではないような感じがしたのだろう。けれど言葉を一つ二つ交わしただけで、挨拶も何もせずに別れてしまったことが六花の瞳には不思議なものとして映った。
 六花にはわからないのかもしれないなと思いながら、直人は六花の横顔を見ていた。
「今度会ったときにでも、ちゃんと紹介してやるよ」
 今はまだ出来ない。
 直人にとって、六花は『何』かと問われると答えられないから。
 六花を『友人』とは思えない。当然ながら『恋人』ではない。
 直人の中でこれがはっきりと決まらない限り、紹介出来なかった。友人達に嘘の紹介はしたくなかった。
 遠くで音が響いていた。
 日も大分傾いてきた。
 祭囃子が聞こえ始める。

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