第四章 秋祭 夏祭りのあと、何度となく六花に会いに行こうとした。あの場では「六花に会うな」と言われ何も言い返せずに終わったが、このまま会わずに別れるのはいやだった。せめて、六花がどうなったのかくらいは知りたかった。
けれど何度訪ねても、六花の部屋はカーテンを閉められ窓も閉められていた。窓をノックしても何の反応も示さなかった。ひょっとしたら部屋を移されたのかもしれない。
玄関から入ろうかと思ったこともあった。けれど、もう近づくなと言われた身でそんな堂々と訪ねることが出来るはずもなかった。
そのうち夏休みが終わり、学校が始まった。
「桜井」
周囲を多少気にしながら渡里が声をかけてきた。夏休みが明けずいぶん経つが、渡里はまだ六花のことについて何も尋ねてきていなかった。おそらく側に結城と杉田がいたから聞きづらかったのだろう。
今なら、その二人は席を外していた。
「夏休みに学校の前にいた子のこと?」
問われる前に言うと、渡里が小さく頷いた。やはり興味関心が全くなかったわけではなく、あの場は何も言わないでくれただけだったらしい。
直人の一つ前の席に腰掛けると、周りを気にして声を潜めた。
「……アルビノ、だろ? あんな格好で外に出して大丈夫だったのか?」
「本人は帽子もかぶらずに飛び出してきて『大丈夫』だと言い張ってたけどな」
そんなはずない。
彼女にとって日の光がどれだけ害を及ぼすか、そんなことわかってた。最初からわかっていたはずなのに……
直人の心内に気づいたのか、渡里はそれ以上聞かなかった。自分が口を挟むところではないとわかっていた。
「あっれー? サックーもワタッチもなんか暗いぞー!」
「違うって杉田。この二人は元が暗いんだよ。それを俺らが明るくしてあげてんの。わかる?」
重たい空気を一瞬で吹き飛ばす二人。もしこれを意図的にやっているのだとしたら大したものだと思う。
直人の机の周りに集まると、四人はとりとめのない話を始めた。
こうして、六花のいなかった日常に戻るのだろうか。
表には微塵も出さずいつも通りに結城や杉田の話を聞いていたが、ぼんやりと六花のことを思った。このまま会わずにいれば忘れるのだろうか。杏樹は自分が死なせたという意識があったから忘れなかった。けれど、六花は? 彼女はまだ死んだわけではない。死んだ人はいつまでも心に居座り続けると聞いたことがある。それならば、生きている六花はいずれ直人の心から消えるのだろうか。
「桜井君」
「ひぎゃぁ!」
背後から唐突にかけられた声に直人が驚く以上に、結城が驚愕の悲鳴を上げて渡里の後ろに隠れた。杉田はいくらか慣れてきたのだろう。数歩後ずさりしただけで隠れはしなかった。
二人のその行動だけで相手が誰だかわかる。
「黒井、何の用?」
夏休みが終わったとは言え、まだ暑さが残っているのに長袖黒タイツ黒ケープという暑苦しい格好で立っていた。ひょっとしたらミサには暑いという感覚がないのかもしれない。
「手が足りないから手伝ってくれないかしら」
涼しい顔で見事なまでに簡潔に答えた。
けれど簡潔すぎて直人には意味が通じなかった。明らかに言葉が足りない。
「……手伝うって、何を?」
直人が聞き返すと「難しいことじゃないわ」と答えにならない答えを返してきた。相変わらず何を考えているのかわからない。
特に断る理由はない。けれど、何をやらされるかわからないのに引き受けるほど直人もお人好しではない。
「誰もただとは言わないわ。勿論お礼はするつもりよ」
うすら笑顔を浮かべたまま、変わらないアルトが響く。彼女の口から「礼」なんてものが出てくるとはこの場の誰も思っていなかったらしい。わずかに目を見開いて珍しい物でも見るような目でミサを見ていた。
「……」
別に礼につられるつもりはない。けれど、彼女がそこまでして手伝いを欲しがるのは、余程のことではないかと思った。
しばらく考えていたが、直人は大人しく引き受けることにした。
「それじゃぁお礼に学祭ではクラスのことを何もしなくて良いように手を打っておいてあげるわ。その代わり、うちの部の手伝いお願いね」
いつも以上に妖しげな笑みを浮かべながら言い残すと、ミサは早々に立ち去ってしまった。直人が反論する暇もなく。
「……え」
それはつまり、学祭の準備期間オカルト研究会の手伝いをすれということで……その礼がクラスの手伝いを免除という……これを礼と呼んで良いのだろうか。
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