それからの放課後は毎日オカルト研究会の戸を叩くはめになった。
 人手が足りないと言うのは冗談ではなく、部員はミサを入れて五人だけ。その人数の割に準備することは山積みだった。
「……いつも思うんだけど、これ間に合うのか?」
「間に合うかどうかじゃなくて、間に合わせるのよ」
 直人の疑問に間髪入れず返事が返ってくる。その言葉のあとには「口より手を動かす」と怒られた。手伝いに来ていると言うよりは『使われている』の方が正しいような気がする。
 そもそもオカルト研究会が学祭で何もするのか直人は全く知らなかった。知らずに手伝っているのもおかしな話だ。
「ってか……何で準備してるの俺達二人だけなんだよ」
 思わずため息もこぼれる。
 五人いるはずの部員はミサ以外誰も準備をしていない。むしろ、この部室で見かけたこともない。もう通い続けてかなり経つはずなのに。
「他にも準備することがあるのよ」
 紙の上にペンを走らせながら、妖しげに笑う。直人の方を見ていないはずなのに何故か見られているような気がしてくる。不思議なものだ。
 直人の仕事は大量に積み上げられている紙を種類順番別に整理することだった。他にも雑務はあったがこれが一番の主だった仕事。
 この紙が妖しいの妖しくないの。はっきり言って滅茶苦茶妖しい。どこまで本当なのかわからない事細かに書かれた錬金術の方法だとか、いつ頃から起きるようになったのか日付まで調べられている七不思議だとか……書いてあることも十分妖しいが、何故かその紙一枚一枚から異様な気配を感じる。直人は気のせいだと言い聞かせているが。
 オカルト研究会と言うからそれなりには覚悟していたが予想以上だった。
「……?」
 書かれている内容を気にし始めると全く作業にならないので、ただ事務的に処理していた。それでも、その文字ははっきりと目に付いた。
 いつか六花が言っていた言葉。今もはっきりと記憶に残っている。
 ――六花が今一番欲しい物は?
 そう問いかけたとき、間髪入れずに返ってきた言葉。
「……賢者の石」
 最近は小説漫画ゲームでも時折登場するその言葉。それが何かまでは知らなくても、単語だけなら聞いたことはあるだろう。
「錬金術に興味でもあるの?」
 直人があまりにも真剣な表情をしていたから、ミサは少しペンを休め問いかけた。
「……錬金術?」
 聞いたことはある。確か金属を創り出す魔法のようなものだと直人は記憶していた。
 けれどミサは首を横に振った。
「正しくは化学的に卑金属から金属を精錬しようとする試みのことよ。もっとも、金属以外の物質も対象とされていたんだけど……要するに『完全な存在』に錬成しようとする試みを錬金術と呼ぶのよ。無機物から人を創り出そうとしたこともあるけれど、どちらもあまり上手くいかなかったらしいわ」
 ただの幻想ファンタジーだと思いこんでいた直人からすれば、随分現実味のあることだったのかと妙に感心した。
 たしかに感心はしたが、結局賢者の石とは何なのか。
「金属を精錬する際に触媒となる霊薬……と言われているわ。賢者の『石』と呼ばれているけれど形状は石とは限らないの。他にも不老不死を得ることが出来るとも言われているわ」
 さっきの発言で幻想やファンタジーではないと思ったが、今のミサの発言で「やっぱりファンタジーか」と思い直した。不老不死なんて幻想でしかない。
 ここまで聞いて賢者の石が何なのかはわかったが、それを六花が欲しがる理由がわからない。あの六花が錬金術に興味があるとは思えなかった。
「……黒井は、賢者の石って欲しい?」
 彼女の欲しがる理由がイコール六花が欲しがる理由とは限らないけれど。それでも何かヒントにはなるんじゃないかと思った。
 こんなことがわかっても、六花に会えなければ意味はないとわかっているけれど。
「そうね。手に入るのなら欲しいわ」
 ミサの笑顔がいっそう妖しくなった。
「是非ともコレクションに加えたいところね」
「…………」
 やはりオカルト研究会の意見は参考にならなかった。

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