「……黒井さん。これは何事デスカ?」
 学祭当日。前日は紙の整理といういつもの雑務をやらされ、こんなんで学祭に間に合うのかと思っていた。実際、紙の整理は終わったが展示の準備やらそれらしいことは何一つ出来なかった。
 自分は所属していないとは言え、クラスを完全放置で手伝ったのだから気にならないはずがない。
 朝早めに来て部室を覗くつもりだったが、昨夜恭介が夜遅くまで居座り散々わめいていったせいなのか、毎日放課後遅くまで学祭準備をしていた疲れからか、見事に寝坊した。
 仕方なくオープニングステージが終わったあとすぐに部室に顔を出したのだ。そのときの第一声が「これは何事?」だった。
 部室には部員が五人勢揃いしていた。しかも全員制服ではなく上から下まで真っ黒で、いわゆる『魔女帽子』みたいな先のとがった帽子をかぶっていた。しかもしっかり箒を持っていた。一人でも十分妖しいのにそれが五人揃うと不気味すぎる。
「桜井君。これが我が部の正装よ」
 魔女の格好がオカルト研究会の正装らしい。
 学祭だからクラスによってははっちゃけた格好をしているクラスもあるので、格好に関するツッコミをなしにしても。
「展示はどうしたんだよ! あの大量の紙は!」
 部室のどこを見ても大量の紙はなかった。直人が前日まで必死に整理していた紙が。直人の苦労の結晶がどこにもなかった。
「展示用に借りている教室は別の教室だから、そっちに貼ってきたわ。ここには最後の打ち合わせをするために部員が集まっているだけよ」
 ミサの言葉を聞いて少し安心した。直人の苦労の結晶はきちんと展示されているらしい。
 けれど新たな疑問が生まれた。
「……打ち合わせって?」
 危うく納得しかけたが、展示をしたのならあとはもう片づけまですることはないはずだ。何の打ち合わせが必要だというのだろう。
 直人の疑問にオカルト研究会一同は声を揃えて笑った。低温で小さく笑う姿は不気味すぎる。しかもそれが綺麗にハモっているなんてそうそうお目にはかかれない。出来ることならお目にかかりたくない光景だが。
「我々オカルト研究会一同は、これより学祭を乗っ取ろうとしているのよ」
 ……要するに、クラス展示はカモフラージュってことですか。
 この部はいつも予想以上のことをしてくれる。誰も望んでいないけれど。
 止める気も手伝う気もない直人は、自分の苦労の結晶の行く末を見に行った。オカルト研究会の展示がされている教室。
「……やっぱ人気ないな」
 お化け屋敷かと思わせる暗い教室。光が入らないようにしっかり窓に暗幕が張ってあった。戸を開けて覗いてみると、わざわざ下から照らされるように照明を設置していた。しかも薄暗い。絶対に展示向けじゃない。展示物自体も直人が整理した甲斐もなくわざと乱雑に貼ってあった。重なって読めないところや赤い絵の具でつけたらしい血しぶきで潰れているところがあった。
 残念なことに教室の中には誰もいなかった。
「……展示じゃなくてお化け屋敷でもやれば盛況だっただろうに……」
 自分の苦労があまり意味のないものだとわかると、なんだかむなしくなった。肩を落として教室を出ると、反対の入口の方で騒いでいる姿を見つけた。
「なーんで俺が入んだよ! 絶対ヤダ! 入ったら呪われる!」
「一人で入れって言ってないジャン。みんなで入ろうってーねぇワタッチ?」
「学祭全制覇を言い出したのはお前だ結城」
 そういえばオープニングステージの直後に飛び出したから、友人三人がどうしているのか知らずにいたなとぼんやり思った。まさかこんなところで会うとは誰が予想出来ただろう。
「あっ! 桜井! いいところに……助けて!」
 すでに形振り構わないらしい結城が、直人の姿を見つけると必死に助けを求めてきた。ここで助からなかったら死ぬと本気で思っている表情だ。
「サックーちょうど良いや! 手伝ってヨー」
 結城とは対照的に楽しそうにしている杉田が手を振ってきた。どうやら杉田は黒井が恐いだけでオカルト研究会に対しての恐怖はないらしい。
 この二人にさっきの不気味な光景を教えたらどうなるのだろうとも思ったが、言葉で説明してもあの不気味さは伝わりきらない。
「……結城。怯えるほどじゃないって。ただの展示でお化け屋敷じゃないんだから」
 直人が突き放すような一言を残すと「裏切り者ー!」と叫びながら杉田に引っぱられ教室の中へと消えていった。中から悲鳴が聞こえた気もするが、気のせいにしておこう。
 二人を見送ると、何か言いたげにしている渡里の言葉を待った。直人を見たとき、一瞬意外そうな顔をしたのを直人は知っている。
「桜井のことだから、学祭に呼んでるのかと思った」
 誰と聞かなくてもわかる。六花のことだ。
 けれど、それ以上に疑問がある。
「……そんなにあの子のことが気になる?」
 普段そこまで他人のことに干渉しようとしない渡里が、何故そこまで六花を気にするのか。呼んでいようといなかろうと、普段の渡里なら「ふーん」で済ませるようなことだ。
「気になる、と言うか……」
 歯切れ悪く言葉を濁した。視線がわずかに泳いでいる。明らかに気にしている。
 なぜ?
 直人がもう一度問いかける前に、渡里が言葉の続きを口に出した。
「何年か前に、見たことがあるんだ」
「……なに、を?」
 言葉が上手く理解出来ない。
 続きを促すと、渡里は落ち着いた調子で話した。
「アルビノだったから、よく覚えてたんだ。顔も同じで間違いない。絶対に彼女だ」
 渡里は六花を見たことがあると、そう言う。あの夏休みより前。何年も前に、見たと言う。
 六花は直人に「ここから出たことがない」と言った。あれは嘘だったのだろうか。
 直人の疑問は次第にふくらんでいく。けれど渡里はとどめを刺すような一言を言い残した。
「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 断末魔の叫びのような声を発しながら結城が教室から飛び出してきた。相当恐かったのだろう。その後ろから杉田が「ユッキー泣いちゃったー?」と笑いながら出てきた。
 結城の叫び声が気になるのか、人の視線が痛かった。
「杉田は満足したな? そうしたら次行くぞ」
 怯える結城を引っぱりながら渡里は杉田と学祭全制覇を再開した。
「じゃ、サックー暇になったらメールしてねー。一緒に回ろうヨー」
 けらけらと手を振る杉田に手を振り返していたが、後ろ姿が見えなくなるとその場にぼんやりと立ちつくしてしまった。渡里の言葉が頭をよぎる。
「……数年前に見て、そのときは年上だったって……なんだよ。要するに変わってないってことか?」
 小さな呟きに返ってくる言葉はなかった。
 頭で必死に考えようとする。けれど考えれば考えるほどわからなくなる。
 今の六花はおそらく直人と同じくらいだ。年上には見えない。けれど数年前に渡里が見たと言う六花は年上だった。背が自分より高かったから年上と思ったのか、雰囲気がそうだったのかわからないが、どちらにせよ当時の渡里より年上に見えたのだ。今の六花では考えられない。

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