第五章 秋時雨 最終的にオカルト研究会による『学祭乗っ取り計画』はどこから情報が漏れたのか、実行前に教師により部長が確保され何事もなく終わった。
来年こそと今から策を練っているようだったが、来年は更に警戒が厳重になっているのではないかと思う。
そんなことよりも直人にはもっと大事なことがあった。
「……」
いつもは訪ねられる側だったが、今日はただ待つだけでいるつもりはない。
深く息を吸い、何でもないような顔で玄関のチャイムを押した。扉の向こう側で人の走る足音が聞こえる。扉が開くと見覚えのある顔が「あら」と珍しそうな表情で直人を見た。
「おばさん、お久しぶりです。恭介はいますか?」
直人が頭を下げると伯母はあらあらと笑っていた。直人が訪ねてきたと言うことが余程意外だったのだろう。
「えぇ、ついさっき帰ってきてね。今ちょうど部屋にいるから上がってちょうだい。すぐにお茶持ってくから」
「お構いなく。少し聞きたいことがあるだけなのですぐお暇しますから」
お茶を入れようと台所に向かい走り出そうとしていた伯母を止めると少し残念そうな顔をされたが、あまり構わずに二階の恭介の部屋に向かった。
小さい頃は何度も訪ねていたから勝手はわかっている。変わらない場所にある恭介の部屋の戸をノックもせずに開けると「だからノックぐらいしろよ母さん」とこちらを見ずに文句を言う恭介がいた。背中を向けているから直人だとは気づいていないらしい。
後ろ手に戸を閉めると恭介の背中を睨むように見据えた。
「恭介。俺だよ」
当然だが予想もしていなかったらしい。直人の声を聞き、恭介は慌てて振り返った。目を見開き珍しい物でも見るかのようにしていた。
「え、直? 何でここに?」
慌てる恭介に対して、直人はやけに落ち着いていた。
自分でも不思議に思うくらい落ち着き払っていた。
「聞きたいことがあるんだ」
はっきりとした声が通る。いつもと違う声に聞こえる。それくらい響きが違う気がした。
静まりかえった部屋に妙な緊張が走る。いつもの二人の間に流れる空気とはまるで違うもの。
「六花のことだよ」
一言そう告げると、恭介は見てわかるくらいに顔色を変えた。
その顔は直人の考えを確信へと変えていく。
恭介は、何かを知っている。
「六花を見たとき、驚いてただろ? あれはただ驚いたって言うよりは驚愕だった。初めて会った相手にどうして?」
直人の問いに恭介は視線を逸らした。その行動は後ろめたいことがあると言っている。
「……アルビノって、初めて見たから……それで、な」
見て取れるほどの狼狽。いつもの恭介からは考えられない。けれどこれはつまり、それほどの何かを隠していると言うことだ。
ここで引き下がることが出来るほど直人にも余裕はない。
「初めてじゃないんだろ? 本当は前に会ったことがあるんだろ?」
あのとき、六花も恭介と会ったあと少し様子がおかしかった。恭介ほどではなかったけれど、必死に何かを考えていた。
「いや。あのとき会うのが初めてだ」
狼狽を隠しながら、恭介ははっきりと答えた。
「……うそだ」
そんなはずはない。あれで初めてなはずはない。
二人とも何かを隠している。言いたくないのならばそれでも良いと思っていた。けれど、それではダメだ。聞かなくてはいけない。
「六花も恭介を知ってる風だったのにまだ違うって言うのか?」
繕っていた平静が剥がれ落ちそうだった。ぼろぼろと崩れ落ちそうだった。
二人が知り合いでも構わない。そんなことどうだって良い。隠されたって構わない。
そうじゃない。問題はそうじゃないんだ。
問題はもっと単純。
ただ六花のことが知りたい。
何度訪ねて行っても会えない六花のことが。
どうして会えないのか。
ただそれが知りたいだけだった。
ただ、六花に会いたいだけだった。
「……あの子が、俺のこと知ってるって?」
恭介の声が動いた。
嘘で覆い隠そうとしている声じゃない。わずかな驚きと本当の言葉。
このときになってようやく直人が壊れそうなギリギリのところで保っていることに気づいたらしい。恭介は扉の前に立っている直人を手招きし、二人で向かい合うように床に座り込んだ。
「もう五年も前になるかな。俺が直人と同じ高一の春の話だ」
恭介の口から語られる話は嘘偽りのない事実だった。
淡々と語られる物語は直人の予想とは遙かに異なるものだった。
「俺もあの『幽霊屋敷』に入り込んだんだ。もっともあの穴は自分で見つけたんだけどな。そしたらその庭で一人の女の子に会ったんだ。同い年くらいの色の白い女の子」
恭介の瞳が一瞬優しくなった。それを見てわかった。恭介にとってその子は、直人にとっての六花のような存在だったのだろう。
「妙に儚げで、目がそらせなくて……ずっと見てたらやっぱ気づかれてさ。それがきっかけで毎日のように『幽霊屋敷』の庭で会うようになったんだ。その頃からあそこはずっと空き家で中に入れなかったんだけど。大抵は庭で話をしてるか、俺が外に連れ回すかしてた」
どうしてこの話を聞きながら思い出したのか、直人自身不思議に思った。
けれど、ふいに思い出した。
そういえば恭介が今ほど軽くなったのは五年くらい前からじゃなかっただろうか。
「けど、その関係は一年も続かなかった」
声が沈む。
その声で恭介が今も彼女を忘れられないでいるのだとわかる。
「冬になると、急に来なくなったんだ。毎日毎日ほぼ一日中待ったけれど、姿を現さなかった」
おそらく、これが今の恭介を作った原因。
誰彼構わずではない。ただ彼女の影を追っているだけだ。どこか儚げで消えそうだった彼女を幸せに出来なかった分、他の誰かを幸せにして帳尻を合わせようとしている。
しばらくの間、何かを思い返すように、余韻に浸るように、目を閉じてじっとしていた。それからゆっくりと目を開け、最後の言葉を口に出した。
「それが俺と一里……六花ちゃんと同じ顔をしたアルビノの子の話だ」
おそらく、その一里が渡里の言う『数年前に見た六花と同じ顔をした人』なのだろう。
「……それって、二人が姉妹って言う可能性は?」
直人は一里を見ていないからどれくらい『同じ』なのかわからないが、ただ姉妹だから似ているという可能性はないのだろうか。
けれど、直人の疑問に恭介は首を傾げた。
「似てる姉妹ってのはよく見るけど、同じ顔って言うのは……」
確かにそうだ。
それに、姉妹揃ってアルビノになる可能性は低い。
結局は謎が深まっただけ。六花のことは何もわからなかった。
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