「だって、学祭でオカ研とこ行ったら、クローンについても貼ってあったヨー?」
 一瞬空気が固まった。
 結城と渡里の視線が痛かった。
 その視線が明らかに言っていた。「おまえ学祭でオカルト研究会手伝ってただろ。何で杉田より知らないんだ」と。
 直人に言い訳は出来ない。
 ただ黙々と内容なんて気にもせず順番通りに整理していただけなのだから。内容を気にしていたら学祭に間に合わないくらいの仕事量だったのだから。
 二人の視線を一身に受けながら、直人は話を逸らそうとした。
「杉田、よく覚えてたな。てっきり結城で遊ぶためだけに入ったのかと思ってた……」
 あのときの杉田はどう見ても結城で遊ぶためだけにオカルト研究会が展示をしている教室に入っていった。現に結城の叫び声が教室から響きっぱなしだった。
 けれど根が案外真面目なのか、どうでも良いことに対してだけ真面目になるのか、杉田は胸を張って言った。
「人の努力の結晶ダヨー? ちゃんと見てあげないと悪いデショー!」
 ますます二人の視線が痛くなった。
 直人はそんな努力の結晶をよく見てなかった。ただ黙々と事務作業をしていただけ。
 やさぐれかけていた直人に、天使とは言い難い救いの声がかけられた。
「……ここ、オカルト臭がするわ」
 音もなく杉田の後ろに現れると、杉田は「ぶぎゃっ」と謎の叫びを発してミサから離れていった。いくらか慣れたとは言っても、やはり唐突だとダメらしい。ついでに結城はすでに渡里の後ろに退避済みだった。
 当のミサはいつもと変わらない低い声で笑っていたが、少し楽しそうにも見える。どちらにしても不気味なことに変わりはないが。
「何の話をしていたのかしら? オカルトなら是非仲間に入れて欲しいわね」
「……クローンってオカルトだっけ?」
 先ほどと全く同じ疑問を口にすると、ミサははっきりと否定した。
 彼女が否定するのなら、やはりオカルトはクローンではないのだろう。
「オカルトは超自然現象。クローンのような人工的なものではないわ。もっと神秘的で甘美なもの……俗に言う神秘学」
「じゃぁ何で学祭のときにオカルト研究会はクローンのことも展示したんだよ?」
 ミサが長々と語ろうとしていたが、直人はそれをばっさり遮った。どうでも良いが、これを見た結城は「呪われる呪われる」と呟いていたらしい。
「私の趣味よ」
 はっきりと言ってのけたミサに、四人はどう反応して良いか困った。
 オカルト以外にも趣味があったのかとか、部活に関係ない趣味を持ち込んでよかったのかとか、様々なことが頭を駆けめぐったらしい。
 けれど、そんな四人の悩みをまるで無視してミサは更に続けた。
「……冗談よ」
 冗談が冗談に聞こえない場合は多々あるが、これほどまでに反応に困る冗談はかつてあっただろうか。
 やはり黒井ミサは何を考えているのかわからないと改めて知らしめられた。
「展示の最初に書いてあったでしょ? 『展示の中にオカルトと関係のない物があります。正解者には景品をプレゼント』って。もっとも応募者がいなくて景品は私のコレクションになったけど」
 おそらくその企画に誰も気づいてなかったんじゃないだろうか。
 直人が杉田をちらりと見ると、杉田は必死に首を横に振った。やはり彼は企画に気づかなかったらしい。
「それじゃ、やっぱクローンについては詳しくないんだ」
 安堵とも期待はずれともとれるため息をつく直人にミサは一言「心外ね」と言った。
「オカルトではないけれど、許容範囲内よ」
 もはや意味がわからない。
 許容範囲って何のですかと尋ねたい気もしたが、これ以上彼女の世界に行きたくはなかった。
「それってつまり、クローンについても詳しいってこと?」
 直人の疑問にミサは当然と言いたげな顔をしていた。彼女にすれば当然なのかもしれないが、こちらからすればオカルト以外のものには全く興味がなさそうなミサがクローンについて詳しいということは意外だった。
 けれど、これは願ってもないことだった。
「黒井! それじゃぁ、クローン人間について聞きたいんだけど!」
 六花のことを少しでも知りたい。
 いくら知っても、会えるとは限らない。わかっているけれど、ただ毎日屋敷に通うだけでは何も変わらない。少しでも六花のことがわかれば他に会う方法が見つかるかもしれない。どんな些細なことでも良いから、六花に近づきたい。
 ただ純粋に六花のあの笑顔に会いたかった。
「一応日本でも『クローン技術規制法』によって禁止されているけれど、まだ規制の出来てない国もあるわね。もっとも、規制があってもそれに背く人間が当然いるものよ」
 果たしてそんな危険を冒してまでクローン人間を作るだろうか。六花がクローンだとしても、彼女を作った目的がよくわからない。
 六花で『クローン人間』が成功したとしても、規制がある限り世間には出せないはずだ。成功してもただの自己満足にしかならないのではないだろうか。
「……そういえば、桜井君も誤解しているのかしら?」
 自ら話を中断させ、ミサは直人に尋ねた。
 けれど、彼女のその一言では何のことを聞かれているのかわからない。
 ミサははっきりと、直人の考えを全て壊す発言を残した。
「クローン人間は『全く同じ姿形』はしていないのよ」
 目の前が真っ暗になりそうだった。
 ふりだしまで戻されてしまった。

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