田中に連れてこられたのは、林の奥にあった一本の桜。
 大きな桜。
 一本だけ、満開。
 見事としか言いようのないくらいの満開。そして、一面に広がる桜の香り。
 夜の闇に舞う、薄紅色。
「ね、綺麗でしょ?」
 田中に声をかけられて、鈴木ははっとした。
 完璧に桜に見入ってしまっていた。
「それで、田中は最後にここに来たんだな?」
 鈴木に問われ、田中は小さく、けれどしっかりと頷いた。
「じゃぁ、この辺りにいると考えて間違いないか?」
 田中はもう一度しっかりと頷いた。
 けれど、辺りには人を隠せられるような空間が見あたらなかった。
 鈴木は少し考えてから桜の木の周りを歩き始めた。
「鈴木、どうしたの?」
 田中が鈴木の行動に首を傾げていたが、それでも、鈴木は木の根本を見ていた。
「田中が、事故死なのか殺されたのかにもよるんだけど……」
 そこまで言って、鈴木は根本に何かを見つけたらしくしゃがみ込んだ。
「ここ、掘り返したあとがあるな」
「? 掘り返したあとがあるからなぁに?」
 田中は不思議そうにのぞき込んでいた。
 その様子に鈴木は小さく笑った。
「よく聞かないか? 桜の下には人が埋められていて、その血を吸って花が薄紅色になるって」
「……つまり、この木の下に人が埋まってるってこと?」
 鈴木の言いたいことがよくわからず、田中は首を傾げた。
「そう。もし田中が殺されたんだとしたら、ここに埋められてるかもしれないってこと」
 あくまでも想像の話だ。
 大体、桜の下に死体があるなんて迷信だ。
 それでも、ここには掘り返したあとがある。
 可能性がゼロではないと言うことだ。
「どうする、田中? 掘り返してみたいって言うなら掘り返すけど?」

 

「うん。掘ってみる」

「違うよ。下じゃないよ」

最初からやり直す?