貴方のたった一言で、私は今年もここで待っています。
 今年も貴方に会えることを楽しみにしています。
 来年も再来年も、ずっとずっと。
 貴方が来てくれるように願っています。
 桜が今年も春の訪れを告げる。
 誰の目にも付かぬよう、ひっそりと、けれど美しく咲き誇る桜が、そこにはあった。風に舞うその色は、澄んだ青空にとてもよく映えていた。
 その木の根本で、少女は静かに目を閉じ、風を感じていた。
「さくらー」
 耳に届いた呼び声で、少女――さくらは目を開けた。やんわりと微笑み、名を呼んでくれた友人を迎えた。
「どうしたのクロ?」
 さくらを呼んだのは一匹の黒猫。飼い主はいない。平凡な、野良猫。
 クロはさくらの側までいくと、樹を見上げ感嘆の息を漏らした。
「今年も綺麗に咲いたね」
 目の前に広がる桜色。それはこの世のものとは思えないほど。咲いていられる期間が短いとわかっていて、それでもこの瞬間は何よりも輝いていようとする。そんな咲き方。
 さくらは幹に寄り添ったまま、またゆっくりと目を閉じた。
「……だって……花を咲かせたら、また会いに来てくれるから」
 人目に付かない場所に植えられた桜の樹。時折遊びに来てくれる野良猫や鳥たち以外の目に触れることなく散っていく。これから朽ちるまで、ずっとそうなのだと思っていた。思っていたのに、見つけてくれた。
 仲間のいない桜の樹。一人佇む桜の木に、たった一言、誰に聞かせるでもなく「綺麗だ」と言ってくれた。そのときの声が、言葉が、笑顔が、忘れられなくて。また花を咲かせれば来てくれるだろうか。また花を咲かせれば言ってくれるだろうか。また花を咲かせれば笑ってくれるだろうか。その望みだけで、毎年毎年満開の花を咲かせるようになった。昨年よりも、昨年よりも、もっと綺麗な花を。
 桜の精霊は、人間に恋をしました。
「ねぇさくら」
 黒猫は桜の精霊に小さく呼びかけた。
 無邪気に「なぁに」と笑う彼女の姿に、一瞬言葉を失った。
「……あの、さ。今年はまだ見に来てくれてないんだろ?」
 さくらが恋い焦がれている相手。花を咲かせて数日たっているにも関わらず、まだ現れない。花を咲かせている期間は短いのに。あっという間に散ってしまうのに。
 けれどさくらは「きっとそのうち来てくれるよ」と笑う。桜がここに根を下ろしているから、さくらはここから動けない。だから花を咲かせて待つだけ。それ以外には何も出来ない。
 見ていて苦しくなるほどに、さくらの想いは強いのに。そんなさくらの笑顔を見るほど、横顔を見るほど、胸が痛くなる。
「どうかしたの?」
 クロの視線に気付いたさくらが笑顔を浮かべたまま問いかけた。
「……あ」
 わずかに漏れた声。ふと、思ってしまった。自分は何を言おうとしていたのだろうか。

 

「……早く来てくれると良いね」
「さくらのこと、好きだよ」
「僕、その人間探してきてあげるよ」